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観光業の労働力、なぜ戻らない  森下晶美 東洋大学国際観光学部教授   連載「よんななエコノミー」

2023.10.02

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観光業の労働力、なぜ戻らない  森下晶美 東洋大学国際観光学部教授   連載「よんななエコノミー」の写真

 観光業の人手不足が著しい。雇用人員判断DIによれば、20236月の雇用人員の過不足は、全産業がマイナス32%なのに対し、宿泊・飲食サービスではマイナス69%に上り一段と深刻な状況にある。観光業の人手不足が他産業より深刻な理由は、国内・インバウンドの旅行者が急激に回復したもののコロナ禍で離職した労働力が戻らないことがあり、そもそも観光業の労働時間が長く賃金が低いことなどに起因する。

 このためサービス対価の引き上げやデジタル活用などで生産性を高め、なんとか労働時間を短くして賃金を引き上げたいところなのだが、日本においてはサービスや企画に対して対価を払うという意識が薄く、価値あるサービス・企画であっても価格はなかなか上がらない。

 例えば、体験型コンテンツ価格を海外のものと比較すると、同じ12日のサイクリングツアーの場合、「しまなみ海道サイクリングツアー」は26500円から、オーストラリアの「トレイルサイクリングツアー」は440豪ドル(約41360円)からとなっており、海外のほうがはるかに高い。もちろん内容の違いもあり単純比較はできないが、こうした価格の違いは、ガイド費、企画費によるところが大きい。シドニーの半日のガイド費用は330豪ドル(約31千円)前後だが、東京では18千円ほどで、ボランティアガイドであれば数千円にしかならない。つまり人的サービスに対する対価が違うのである。

 単純にガイド費用を上げるべき、と言う意味ではない。サービスやコンテンツに対する価値観は人によって大きな差があるため、高い対価のとれるビジネスにこそ人手や人件費を投入すべきではないだろうか。そのためには、高い対価のとれるターゲットを明確にし、付加価値の高いサービスを提供する必要がある。国内外とも自分の好きなものには出費を惜しまない人は多い。

 日本のサービス業の考え方は、これまで〝全ての人に同じサービスを提供する〟ことが主流で、観光業でも最大多数を相手に安価で均一的な商品を量産するモデルが多かった。しかし、生産年齢人口(1564歳)自体が減少し人手不足が深刻化する中、人件費をかけてもそれが回収できる商品か、それともデジタルを駆使し人手をかけずに安さをウリとする商品かを見極め、人手をどこに配分するか戦略的に考えることも重要だ。

 わが国の生産年齢人口は1995年の8700万人をピークに2026年には45%も減少する予測で、人手不足は一段と深刻になるはずだ。

(Kyodo Weekly・政経週報 2023年9月18日号掲載)

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