関東大震災が変えた食 畑中三応子 食文化研究家 連載「口福の源」
2023.10.09
時に自然災害は食に大きな影響を及ぼす。発生から100年を迎えた関東大震災時、食料事情とその後の食文化の変化はどうだったのか。
食糧が欠乏した東京へは地方から米が届いたが、電力を失い米屋が精米できなくなった。小説家・田山花袋はルポルタージュ「東京震災記」で、米屋に玄米しかなくなった時、自分は戦争のただ中にいるような不安に襲われ、初めて食べた時の衝撃を「や、こいつはたまらんな...これはとても食えん!」と記している。玄米は消化が悪く、下痢に苦しんだ人は多かった。
名古屋の敷島製パンは工場をフル稼働して食パンやコッペパンを届け、パンが非常食料として普及するきっかけになったという。被災者が池の水を飲んでいると聞いた創業者・三島海雲は自らトラックに乗り込んで冷たいカルピスを配った。この活動で、カルピスの清廉なイメージが知られるようになった。
栄養研究所(現国立健康・栄養研究所)は市内6カ所で朝夕の重湯供給を行うなど、所員総動員で被災者の救護に当たった。以前から慈善事業ではなく保健向上を目的とした学校給食の確立を説いていた佐伯矩(さいき・ただす)所長の提言で、センター方式で調理した栄養給食が被災小学校で提供された。5カ月後に児童の健康状態を調査すると栄養不良が著しく改善していたことが分かり、全国に学校給食が広まっていった。
この時、現場で活動できる人材が不足したことが世界初の栄養学校の開設と「栄養士」という職業の誕生につながったという。
都心部では大半の市街地が焼失したが、期を見るに敏な商売人はいるものだ。震災3日後あたりになると、下町から被害を免れて郊外方面へと移動する人々目当てに、道路沿いですいとん、ゆであずき、スイカ、ナシを売る露天商が現れた。
しばらくすると都心の焼け跡にはバラックの露天商が日一日と増え、肉うどん、中華そば、おでんや天ぷらが、白米が手に入れやすくなると牛丼、ライスカレー、すし、洋食まで売られるようになった。当時の雑誌「改造」によると、日比谷公園前の街路には115軒以上の食べ物屋が立ち並んだ。
震災後、東京の外食店は大きく変わった。江戸から続いた伝統が廃れ、ファミリーレストランの元祖である和洋中なんでも出す大衆食堂やチェーン方式の洋風食堂、各種の食堂や食料品売り場が集まったビルなど、新しい飲食空間が次々と現れた。幅広い客層が食堂を気軽に利用するようになって洋食と中国料理の普及に弾みがつき、家庭料理への取り入れも進んだ。
東京から関西に移住した料理人も多く、復興後は関西料理が東京に進出。江戸前の天ぷらといえば魚介中心だったのが精進揚げを出すようになり、ゴマ油に大豆白絞油を混ぜて色白に揚げ、塩で食べるのが流行した。関東大震災は、関西と関東の味を近づける契機にもなったのである。
(Kyodo Weekly・政経週報 2023年9月25日号掲載)
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