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すぐ食べるなら手前から  野々村真希 農学博士  連載「口福の源」

2023.08.21

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すぐ食べるなら手前から  野々村真希 農学博士  連載「口福の源」の写真

 スーパーやコンビニで牛乳を買う時、商品棚の手前から取る? それとも奥から?

 奥にある牛乳のほうが賞味期限までの期間が長いし、誰も触っていなさそうだし...などの理由で、奥から取る人は少なくない。私も恥ずかしながら子どものころは、棚の奥にあるパンのほうが新鮮でおいしそうだからという理由で、棚の奥を漁って買っていた。でもちょっと考えてみてほしい(というか、当時の自分に言いたい)。手前にある牛乳やパンはどうなるの?

 お客が商品を奥から取る行為には、お店も頭を悩ませている。期限までの期間が最も長く残っている商品から先に買われてしまうと、期限までの期間がそれよりも短い商品は残ってしまい、結果として商品の廃棄が増えてしまうからだ。期限が迫った商品の値引きも行われているが、値引きをしたからといって売り切れるわけではないし、値引き商品を増やしすぎるとお店は利益を確保できなくなる。そこで政府は2021年から「てまえどり」というネーミングで、購入してすぐに食べる場合には商品棚の手前にある商品、販売期限の迫った商品を積極的に選ぼうと消費者に呼びかける取り組みを始めた。最近は全国のいろんな小売店で、てまえどりキャンペーンがみられるようになってきた。

 てまえどりキャンペーンの効果は小さくないようだ。京都市の実証実験によれば、店舗でてまえどりのPRを重点的に行った品目は食品廃棄率の大幅な減少がみられたという。てまえどりを呼びかけること自体も、消費者には好意的に受け止められていた。商品棚の奥から取るというのは、消費者が自己の利益を最大化するために行うある意味合理的な行動だから、ちょっと意外だった。お店の食品ロス削減に協力したいと思ってくれる人がけっこういるということなのだとしたら、うれしいなあ。

 てまえどりをもっと楽しいものにしようとする取り組みも生まれている。高知市のマーケティング会社「アッシェ」が提案する「もぐもぐチャレンジ」は、お店が賞味・消費期限が迫った商品に「もぐもぐシール」(写真上、出典:「アッシェ」ウェブサイト)を貼り、消費者はその商品を購入してシールを集めると抽選やフードバンク団体などへの寄付に参加できる、というものだ。全国のスーパーで実施されていて、集められたシールはこれまでに1千万枚以上になっているという。シールのキャラクター「もぐにぃ」がかわいくて印象的なので、シールを商品に貼る従業員にも、食品ロス削減の啓発効果が生まれているらしい。

 期限が迫った食品は家で保存できる期間が短いので、てまえどりによって家庭の食品の廃棄が増えてしまう可能性は否定できない。だから「購入してすぐに食べる場合には」と条件が付けられているのだろうけれど、てまえどりキャンペーンは家庭での食品使い切りの支援もセットで進めたほうがよいことを最後に申し添えておきたい。

Kyodo Weekly・政経週報 202387日号掲載)

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