観光の高付加価値化 森下晶美 東洋大学国際観光学部教授 連載「よんななエコノミー」
2024.07.22
インバウント旅行の回復が本格化している。5月単月のインバウント旅行者数は304万人、8カ月連続でコロナ禍前の水準を超えた。消費額も1人当たり20.9万円(1~3月期)となり、円安を追い風にコロナ禍前の2019年より5万円も増加している。その一方でオーバーツーリズムによる弊害も大きくなってきており、好調な今こそ、旅行者の数よりも消費額を含めた質を高めることが必要だ。昨年政府が発表した「観光立国推進基本計画(第4次)」にも「高付加価値化」が明記され、1回の滞在で100万円以上を消費する高付加価値旅行者を呼び込む施策が盛り込まれている。
消費額だけに着目すると、五つ星ホテルの誘致だ、プライベートジェットだ、という高級化を目指す議論になることが多いが、観光の高付加価値化とは高級化や高額消費のみを指すものではなく、地域での観光の深度を高めることで域内消費を増やし、地域の価値を向上させることを目指している。
これまでの観光は「見る」「撮る」というピンポイント観光が主流で、富士山を背景に写真を撮るだけでは地域への大きな経済効果は見込めなかった。ところが近年では「コト消費」といわれる体験型観光が人気となっており、見るから体験するへと深度が高まったことにより域内消費の機会が増えた。例えば河口湖でカヌーに乗って富士山を見るという体験ならカヌーのレンタルやガイドツアーという消費が生まれるのである。
観光を高付加価値化するためには、さらに観光の深度を高め、一人の旅行者がもっと多様なアプローチで地域を楽しめるような工夫が必要である。特に地域の自然を生かしたアクティビティーや郷土料理づくり、座禅といった地域文化・自然に根差した本物の体験を提供することが重要で、本物ということが消費額を上げ、地域理解や価値向上につながっていく。そのためには本物を体験できる観光コンテンツの開発やテーマづくり、それを具現化するガイドやコーディネーターなどの人材育成が必要となるが、これがまさに観光を高付加価値化するということなのである。
一つの地域で深く楽しみたいという旅行者がどれほどいるのかと考える向きもあろうが、世界中の国際観光旅行者の旅行目的トレンドの一つには「変えるための旅行」というのが挙がっている(国連世界観光機関調べ)。地域の異文化を知り、深く触れることによって自己成長や自己変革につなげたいとする旅行者を指し、総じて消費額も高い。観光の高付加価値化には地域がこうした旅行者を選ぶことも重要なのである。
(Kyodo Weekly・政経週報 2024年7月8日号掲載)
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