「一人一人の食料安保」 新たな定義に政策転換を期待 アグリラボ所長コラム
2023.06.03
食料・農業・農村基本法の見直しを議論してきた農林水産省の基本法検証部会(部会長・中嶋康博東大大学院教授)は5月29日、野村哲郎農相に中間取りまとめを提出した。同省は意見の募集や地方説明会を経て、「農政の憲法」とも言われる基本法の改正を目指す。
中間取りまとめの中で特筆すべき点は、食料安全保障について初めて明確な定義を示したことだ。現行の基本法は、19条の見出しに「不測時における食料安保」と記しているだけで、同条の本文を含め食料安保の定義は書かれていない。
検証部会は食料安保を「国民一人一人が活動的かつ健康的な活動を行うために十分な食料を、将来にわたり入手可能な状態」と定義した。これまでの「供給」という川上(生産者側)の発想から、「入手可能」という国民の視点に転換した点で、高く評価できる。国連食糧農業機関(FAO)の定義とほぼ同じ趣旨で、「生産の増強だけでは食料安保を達成できない」という国際的な常識にも調和している。
日本では食料自給率の低さが強調されてきたため、国内生産の増強が最優先だと思われがちだが、現実には貧困や育児の放棄など家庭の事情で、食料を入手できない事態が起きている。日本で最も起こりうる食料危機は、地震など自然災害による物流の途絶だ。こうした課題は生産の増強では解決できない。
FAOが食料安保の考え方を「供給」から「アクセス(接近)」に転換したのは1980年代だ。約40年遅れでようやく国際潮流に追いついたとも言える。ただ依然として、供給重視の発想も根強い。
5月29日の検証部会でも、「まずは食料の安定供給の確保が来て、次に食品アクセスの改善が来るべきだ」と主張する委員の意見を受けて、中間取りまとめの草案では具体策のトップだった「アクセスの改善」を、2番目の「安定供給」と順序を入れ替え、土壇場で供給を最重視する記述に修正した。
今後の議論が「国民一人一人の食料安保」の意味を十分に反映し、生産者や流通業者、行政組織の上からの目線ではなく、国民の視点を最重視した基本法の改正に結び付くことを期待したい。(共同通信アグリラボ所長 石井勇人)
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