腐るを見極める 野々村真希 農学博士 連載「口福の源」
2023.07.17
かれこれ10年以上、食品の廃棄(「食品ロス」といわれている)の研究を続けてきて、いろんなことを調べたり考えたりしてきたけれど、自分の研究の原点は、やはり、高校生の頃に読んだ幸田文の随筆「おふゆさんの鯖」だ。
おふゆさんという女性が、なじみの干物屋から古くなった鯖を買わされたが、簡単に捨てたのでは冥利が悪いと舌がぴりぴりしながらも半分食べた...というエピソードで始まるお話である。
おふゆさんの話を聞いていた若者たちは辟易してしまうのだが、おふゆさんは生活経験から食べられるものと食べられないものの境界を熟知していて、だからこそできる行いなのである。何が食べられて何が食べられないのかをよく知っておけ、腐ったものは無考えに捨てないで、その機を利用して腐るとはどういうことかを五感でよく学べ、ということが言われていて、そのことが私の心に深く残り続けている。
現代の日本ではほとんどの食品に賞味期限あるいは消費期限が表示されている。賞味期限は「おいしく食べられる期限」であり、消費期限とちがって、過ぎたらすぐに食べられなくなるわけではない。しかしながら賞味期限が切れたという理由で廃棄する人は多い。(画像は消費者庁による啓発ポスター)
それに対してよく、賞味期限の意味を知らないのだ、賞味期限と消費期限を混同しているのだ、賞味期限の意味を周知することが必要だ、ということが言われたりする。けれども私は、そのような指摘は的外れだと思っている。賞味期限と消費期限の意味の違いを知っている人は実は多いのである。
それでも賞味期限が過ぎたものを捨ててしまうのは、どんな状態なら食べられてどんな状態だとやばいのか、食べ物が傷み始めたときどんなふうに変化するのかを知らないので、期限以外に食べられるかどうか判断するよりどころがないからなのだ。
食べものがどんなふうに腐っていくかなどということはきれいな話ではないので、世間で積極的に発信されることはないし、これくらいならまだ食べられますよ、なんて公の場で言ったら、食べた人がお腹を壊したらどうするつもりだ!と炎上しそうである。だからおふゆさんみたいに自分で経験を積むことが必要である。また、積んだ経験を顔の見える人同士でこっそりと交換し合う機会が必要だ。家庭内で、あるいは家庭外で。
ここは公の誌面なので小さい声でぼそぼそと言うしかない。それ捨てるのちょっと待って、よく見て、においを嗅いで、一口食べてみて。ああ、それくらいならまだまだ。
(Kyodo Weekly・政経週報 2023年7月3日号掲載)
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