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被災地発カーシェアシステム  菅沼栄一郎 ジャーナリスト  連載「よんななエコノミー」

2023.05.08

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被災地発カーシェアシステム  菅沼栄一郎 ジャーナリスト  連載「よんななエコノミー」の写真

 「微助人(びすけっと)の会、って名前もいいな」。中里順子(72)は思った。

 岩手県宮古市田代。港町から車で西へ30分ほど山に入った集落では、ずいぶん前にバスは1日3往復だけになった。タクシーは往復1万円を超える。

 「貸し出した車で病院の往復や買い物、皆で助け合って乗りあう仕組みがあるそうだ」。

 そんな話を聞きつけて、宮城県石巻市の見学会に参加した。軽自動車でテスト運行を始めたのが昨年冬。ボランティア運転手7人が手を挙げた。

 3月末の設立総会には、「日本カーシェアリング協会」(石巻市)の代表理事、吉澤武彦(44)が5人乗りの中古ワゴンを届けた。4月はじめの火曜日の朝8時前。そのワゴンで上坂松夫(72)が、75歳の知り合いを迎えに行った。市街地の病院まで送って点滴が終わった後、午後3時に自宅まで送り届けた。中里がLINEで日程を調整。4人の買物ツアーも1週間分の荷物を余裕で積める。「車1台でこんなにご近所付き合いが深まるんですね」

 最近はコロナ禍で、近所のお茶飲み会もろくにできなかった。買い物ツアーは往復500円、通院などは片道750円を利用者から預かり、ガソリンやリース代などの経費を精算する。

 「車1台でコミュニティー再生」を狙ったシステムは、兵庫県生まれの吉澤が12年前の夏、津波で車6万台が流された石巻市の仮設住宅に、中古車を1台持ち込んだことから始まった。

 当時の仮設住宅は、入居が抽選で先着順だったため、隣近所は知らない顔ばかり。20分離れた日赤病院に通う足がなく困っていたおばあちゃんに、「手伝おうか」と申し出たのが1人暮らしの増田敬(72)だった。

 病院への送迎から、週に1回数人で出かけるお買い物ツアーに広がり、ボランティアドライバーに手を挙げる人も増えた。カーシェアを起点に自治会ができた仮設住宅もあった。

 石巻で生まれた「カーシェアシステム」は、熊本地震や岡山県の集中豪雨などの被災地にも、緊急で中古車を派遣。一部の地域では、車の共同使用を軸にしたコミュニティー再生システムに発展した。

 現在では、石巻の11地域を含めて全国25地域に広がり、会員は1200人に。寄付された車は700台に上る。自動車工学を学ぶ大学生らが、夏冬タイヤの交換や定期点検の一部などを支援してくれる。運転免許を返上するお年寄りが、それまで乗っていた車を夫婦そろって遠方から運んできてくれたこともある。スタッフ16人が全国の動きを切り回す。「もうけが目的じゃないから、皆さんが支えてくれます」。

 微助人の会は「田代カーシェア会」(写真:吉澤さん撮影)に落ち着いた。「小さな助っ人だな」。37人のメンバーはそう思っている。(敬称略)

(Kyodo Weekly・政経週報 2023年4月24日号掲載)

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