味のよさは石膏の循環から 波佐見焼入りの米粉クッキー 陣内純英 西海みずき信用組合理事長
2022.11.14
波佐見観光協会(長崎県波佐見町)の正面に「陶箱クッキー」がディスプレーされている。「ながさき手みやげ大賞」などを受賞した逸品だ。(写真:10月1日、筆者撮影)
地元の米粉を使い、農家のお母さんたちが手作りする。容器の陶箱はもちろん波佐見焼。波佐見が力を入れるクラフトツーリズム(工房などを訪れる体験・体感型の観光)のお土産に最適だ。この波佐見の粋を集めたお土産には、実はもう一つのポイントがある。それは、米粉の稲を作る肥料だ。
その前に波佐見焼についておさらいしたい。陶磁器づくりと言えば、粘土をろくろで成形し、絵付を施し、窯で焼くという一連の作業を1人の陶芸家が行う姿を思い浮かべる向きも多いだろう。しかし、波佐見焼では陶芸家がろくろを回す姿はほとんどみられない。質の良い日常使いの商品を安価で供給するため波佐見焼は、産地全体として分業による大量生産体制をとっている。生地はろくろではなく、「石膏型」で整形する。
「石膏型」を作るのは型屋、その型をもとに「生地」を作るのが生地屋だ。その生地に「窯元」が絵付けし焼くことで器が完成。販売は専門商社に委ねられることが多い。生地づくりでは、100から500枚ごとに「石膏型」が取り替えられ、産業廃棄物となる。回収業者のヤードには高さ数メートルの真っ白い山ができている。今は、このほとんどを有料でセメント工場などに引き取ってもらっている。
しかし、実は、石膏(硫酸カルシウム)は肥料として有用だ。カルシウムを含む肥料(土壌改良材)としては石灰があるが、これはアルカリ性であり、主に酸性土壌を中和するのに使われる。これに対し石膏は中性で、しかも水に良く溶け、作物に効率的に吸収されるので、利用範囲が広いという。
ここに目をつけたのが、商社の役員と窯元の社長を兼務し、兼業農家として米も作る小林善輝さんだ。石膏を砕いて自分の水田に散布したところ、稲の育成もよく、味のよい米が獲れた。
クラフトツーリズム推進のリーダーでもあり、お土産の目玉商品を作ろうと思案していた小林さん、「これはいける!」と米粉クッキーを企画。回収業者から石膏粉を譲り受け、散布面積を増やし、米粉を作る製粉機も自費で購入。地域を巻き込み商品を完成させ、ギフトショーなどでの売り込みも率先して行った。
回収業者の方でも、これまでコストをかけて処理していた石膏型が、逆に肥料に再生して販売できる道筋が見え、肥料生産の設備投資も検討している。産地全体としてみても廃棄物処理コストが大幅に圧縮され、生産コストの削減につながる。
こうした地域内循環の取り組みのストーリーを思い浮かべながら食べると、クッキーのホロホロ感が一層増すかもしれない。
(Kyodo Weekly・政経週報 2022年10月31日号掲載)
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