食べ物語

甲州名物、ほうとうと富士  眉村孝 作家  連載「口福の源」

2024.03.25

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甲州名物、ほうとうと富士  眉村孝 作家  連載「口福の源」の写真

 2月前半の3連休最終日の夕暮れ時。私と学生時代からの友人Tは、山梨県笛吹市の石和(いさわ)温泉街にある「甲州ほうとう小作(こさく)」ののれんをくぐった。

 朝から寒風に当たりつつ、河口湖畔にある三ツ峠山(みつとうげやま)(標高1785メートル)を登ったため、体が芯から冷えている。時間が許すなら、温泉で温まった後にご飯を食べたい。だが石和温泉駅から東京へ向かう特急の出発まで1時間ほどしかない。温泉か食事か。迷った末に選んだのが「ほうとう」だった。

 専門チェーンだけあって、カボチャ、豚肉、鴨肉、猪肉と、ほうとうだけでも10種類以上ある。メニューを手にして思案していると、山梨に住んだことがあるTが「基本はカボチャでしょう」と一言。素直にその助言に従い「かぼちゃほうとう」と生ビール、馬刺しを注文した。

 生ビールと馬刺しはおいしかったが、体がさらに冷える。手をこすりつつ待ちわびていると、大きめの鉄鍋からもうもうと湯気が上がるほうとうが運ばれてきた。

 ほうとうは小麦粉を練った平打ち麺に具材を加え、みそ仕立ての汁で煮込む山梨県を代表する郷土料理だ。小麦粉で作った麺や団子を具材とともに煮込むという意味では、すいとんや群県馬の「おきりこみ」、九州各地の「だんご汁」「だご汁」と同系統の郷土料理といえる。

 小作のかぼちゃほうとうはカボチャだけでなく、サトイモ、ジャガイモ、ニンジン、ゴボウ、ネギ、ハクサイに山菜と野菜が満載だった。逆に肉類は一切なしなのが潔い。煮込むと生麺やカボチャ、イモ類が溶け出し、独特のとろみが出る。火にかけた鉄鍋で供されるため、お椀(わん)に何回よそっても熱々のまま。食べ終わる頃には、体はすっかりポカポカになっていた。

 山梨でほうとうを食べたのは初めて。だが群馬には3年間赴任したことがあり、おきりこみは何回も食べてきた。

 おきりこみも地域差があるが、ほうとうとの違いは汁が醤油(しょうゆ)仕立ての点だ。両県とも養蚕業や麦作が盛んだった土地。似た風土だからこそ、同じような郷土料理が生まれたのだろう。

 だがその日はむしろ、山梨と群馬の違いを感じた。なぜか群馬では県外の人におきりこみをふるまおうとする人は少数派で、おきりこみを売りにする飲食店も少ない。

 一方の山梨。小作は県内に8店を展開するチェーンで他にも至る所で「ほうとう」の看板を見た。小作に置いてあった由来の説明文には「ほうとうという形は武田信玄公が野戦食として用い、甲州独特のものであり、甲州人の誇りの郷土料理」とある。郷土料理に対する熱さでは山梨が上回るように思えた。

 この日の登山では晴天の下、三ツ峠山頂から新雪で化粧した富士山を堪能した。ほうとうと富士山。山梨の民がこよなく愛する郷土の誇りを満喫する一日となった。 (終)

(Kyodo Weekly・政経週報 2024年3月11日号掲載)

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