市場めしより「てっぺん」 眉村孝 作家 連載「口福の源」
2023.07.10
6月初め、急な仕事で札幌へ出張した。宿を探していて見つけたのが、市民の台所「二条市場」に近いホテルだ。市場の場所は、札幌市中央区の大通公園の南東側。明治初期、石狩浜の漁師が川を上って札幌へ入り、鮮魚などを販売したことが始まりだという。
私には「市場での食事=市場めし」に惹(ひ)かれる傾向がある。初めて地方生活を経験した高知で、魅力ある市場にいくつも出合ったからだろう。新鮮な魚介、地域ならではの野菜、珍しい郷土料理に出合えるのではと、つい期待してしまうのだ。
出張の日、昼前に札幌へ着いた。仕事まで時間があったので、「まずはランチを」と二条市場を目指した。市場に近づくと、店々に行列ができている。明らかに外国人が多い。
14年前の夏、家族で北海道を巡り、最後に函館朝市に出かけた記憶がよみがえった。各地の食を堪能していたが、朝市はとりわけ楽しみにしていた。毛ガニなど鮮やかな海鮮が目を楽しませてくれた。だが、いかんせん値段が高い。有名である故に観光客向けに値が上がっている。私はため息をついて、安めの「元祖函館丼」を注文した。
二条市場の構図も函館朝市と似ていた。外国人の増加も値段の高騰に響いただろう。店を何軒かのぞいたが、例えばボタンエビやホッキが入る北海大漁丼は5千円。ランチには高い。諦めて近くのカフェに入り、牛すじカレーを注文した。
そのほっこりしたおいしさで心身ともに温まり、女性店員に「二条市場の魚介類は高いですね」と愚痴をこぼしてしまった。すると店員は「そうなんです。私は行かないなあ」と答える。観光化しすぎた市場は、ご近所さんの足が遠のきやすい。
では、彼女はどこで魚介を楽しむのだろう。気になって聞くと、しばらく考え「最近、近くの狸小路に鮮魚屋さんが開いた海鮮のお店が安くておいしいです」と教えてくれた。
こういう情報に間違いはない。仕事を終え、夕方になるとその店「シハチ鮮魚店」に向かう。店が推す「今日の本気の超豪華海鮮丼 シハチのてっぺん」(写真:筆者撮影)を頼んでみた。
調理に時間がかかるのでカウンター越しにうかがうと、店員が魚介を何層にも積み重ねている。その後運ばれてきたのは、塔のような海鮮丼だった。
崩れないよう、箸で1切れずつ魚介を丁寧にはがし、味わう。どれも、とびきり新鮮だ。
店員に魚の種類を聞いた。「サーモン、マグロ、ボタンエビ...、フエフキダイ、マツカワガレイ」となんと18種類。「今日、店に入ったもの全部です」という。それでいて値段は税別でぎりぎり2千円台。「てっぺん」は明らかに市場めしに優っている。あっぱれな丼だった。
(Kyodo Weekly・政経週報 2023年6月26日号掲載)
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