自作推し「カポナータ」 眉村孝 作家 連載「口福の源」
2023.08.14
40歳を前にして初めて単身赴任が決まったとき、日々の生活についていくつか決心をした。そのうちの一つが「コンビニ弁当は食べまい」。ランニングやスポーツを続けてはいたが、記者を20年近く続けた身体は少しずつガタがきている。周りには、地方転勤で食生活を乱し、恐ろしく「成長」したり、体調を崩したりする人がいた。
おまけに赴任先は多彩な食と酒に恵まれた高知で、宴席へ誘われることも多いだろう。ならば1人での夕食時には、コンビニ弁当に頼らず、自炊で栄養バランスのとれた食事をしよう、と考えたのだ。
とはいえ料理を妻に任せきりだった私は、手持ちのメニューが乏しい。赴任当初は、自宅から送ってもらう冷凍のおかずに頼るばかり。そんなとき、ふとつけたテレビの番組で出合ったのが「カポナータ」だった。
その番組はNHK総合で当時週末に放送していた「食彩浪漫」。その日のテーマは「野菜が大好きになるイタリアン」だった。料理人が「カポナータとは、イタリア発祥の野菜煮込み料理。野菜をたくさん食べられる、イタリアのまかない料理」と説明したことを覚えている。
材料はタマネギ、ナス、トマト、セロリ、キノコ類、ピーマン、パプリカなど。そしてニンニクとトマト缶、ワイン、オリーブオイル。当時の私の食生活の課題は、野菜をいかにバランス良く取るかだった。そんな私にぴったりな料理ではないか。
番組が終わると、材料のメモを手に街へ出た。向かったのは高知の日曜市。高知城から続く追手筋に約300軒もの露店が連なる。まだ春先だったが、何軒か回ると必要な野菜はすべてそろった。
元がまかない料理だから、作り方は単純だ。ただ「食彩浪漫」出演のシェフは、いくつかのノウハウを強調していた。野菜をオリーブオイルで炒めるのと、トマト缶をベースにソースを煮込むのは別々にすること。最後に二つを混ぜることで、野菜のエキスとトマトソースが混ざりうま味が増すのだという。
もう一つはニンニクをオリーブオイルで炒めて香りを移してからトマト缶を加えソースを作ること。その通りに作ると、素人が作ったとは思えない深い味わいの一品ができあがった。(写真:初めて作ったカポナータ=2004年3月、筆者撮影)
カポナータがよいのは、応用範囲が広いことだ。作りたてもよいが、冷やしてもおいしい。パスタや肉やオムレツにかけてもよし、チーズを加えれば味の幅が広がる。姿を少しずつ変え、日々の食卓に彩りを与えることができた。
単身赴任生活は計10年に及んだ。その間、どれだけカポナータを作ったことか。私の単身赴任中の生活を支えた「自炊のエース」はカポナータである。
(Kyodo Weekly・政経週報 2023年7月31日号掲載)
最新記事
-
明治の若者も牛肉大好き 畑中三応子 食文化研究家 連載「口福の源」
NHKの朝ドラ「らんまん」で、主人公の槙野万太郎は、うれしいことがあると仲間と...
-
自作推し「カポナータ」 眉村孝 作家 連載「口福の源」
40歳を前にして初めて単身赴任が決まったとき、日々の生活についていくつか決心を...
-
長崎・鷹島にアジあり 小島愛之助 日本離島センター専務理事 連載「...
アジの水揚げ高日本一を誇る都市で、近年「アジフライの聖地」として売り出し中の長...
-
繊維業とともに広がる? 奥が深いソースカツ丼 眉村孝 作家
昨年11月末。約11年ぶりに復旧したJR只見線に全線搭乗したあと、福島県の会津...
-
豚骨は久留米から日田へ 来々軒の歴史 小川祥平 登山専門誌「のぼろ...
「ここの屋台は解散。今からはラーメンを広めていこう」 白濁豚骨ラーメンを生み...
-
脂たっぷり肉厚の「黄金アジ」 巡り合った千葉・金谷産 眉村孝 作家
「ごめんね。今、終わっちゃったのよ」。11月半ばの平日の午後1時前。東京・八丁...
-
熊本に広がった豚骨 四ケ所日出光さんの功績 小川祥平 登山専門誌「...
九州中に豚骨ラーメンを広めた立役者を挙げるならば、次の2人だろう。白濁豚骨を生...
-
地域の「違い」楽しみたい 冬の食「おでん」「関東煮」 植原綾香 近...
関東育ちの私にとって関西の食べ物は知らないことばかりだ。くるみ餅、ちょぼ焼き、...
-
日本海の新鮮な魚に満足 糸魚川「地魚料理すし活」 眉村孝 作家
引き戸をがらがらと開け「ごめんください」と声をかけた。見知らぬ土地、そして初め...
-
広がらなかった白濁豚骨スープ 異端の鹿児島ラーメン 小川祥平 登山...
九州のラーメンの多くは豚骨誕生の地である福岡・久留米と関わりがある。発祥の店「...