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長崎・鷹島にアジあり  小島愛之助 日本離島センター専務理事  連載「口福の源」

2023.07.31

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長崎・鷹島にアジあり  小島愛之助 日本離島センター専務理事  連載「口福の源」の写真

 アジの水揚げ高日本一を誇る都市で、近年「アジフライの聖地」として売り出し中の長崎県松浦市は、伊万里湾に浮かぶ5つの有人離島(福島、鷹島、黒島、飛島、青島)を行政区域としている。今回は、このうち鷹島について紹介したい。

 旧鷹島町の鷹島は2006年元日、松浦市・福島町と合併し松浦市となった。その後、09年4月に佐賀県唐津市肥前町との間に鷹島肥前大橋が建設され、離島振興法の対象地域から外れることとなった。各地でみられる「架橋に伴う離島の過疎化」という現象は鷹島でも決して例外ではないが、一方で、架橋による医療・教育へのアクセスの改善、物流チャネルの多様化などが功を奏して、新規企業の進出やUターン・Iターン・孫ターンなどがみられ、島全体の活性化につながっているという面もうかがえる。

 実は、この鷹島、2度の蒙古襲来(元寇)と深い関わりを持っている。1274年の文永の役では元の軍隊が鷹島に上陸して住民の虐殺が行われている。続く81年の弘安の役では、平戸島から鷹島に進出してきた元の軍隊に対して、各地から集結した鎌倉幕府軍が攻撃を仕掛けて鷹島沖海戦となった。そのような中、台風が襲来して元の軍隊は大損害を被り、最終的に撤退するに至った。歴史の授業で学んだ「蒙古襲来」を思い出していただけたことと思うが、この逸話がいわゆる〝カミカゼ〟である。

 弘安の役で、元の軍船が多く沈没したと語り継がれてきた鷹島南岸の海域では、以前から壺や刀、碇石などが引き揚げられていた。1980年から続く調査で、4千点以上の遺物が発掘され、2011年には元の沈没船(鷹島1号)が発見された。その翌12年には鷹島海底遺跡の一部が「鷹島神崎遺跡」として海底遺跡ではわが国初の国史跡に指定されている。さらに、その3年後の15年には、2隻目の元の沈没船(鷹島2号)が発見されており、こちらの船は1号より残存状態が良好であるという。

 ところで、既にお分かりのことと思うが、来年は文永の役から数えて750年に当たる記念すべき年である。近年、わが国の国境海域を取り巻く地政学的リスクが取り沙汰される中で、いま一度歴史の授業を思い起こし、歴史の教科書を紐解き直して、700年以上前に外国から襲来した敵を討ち果たしたという史実に触れることは意義深いことではないかと思う。そうした気持ちがつながることにより、残存状態が良好な鷹島2号の海中からの引き揚げといった事業が行われることになれば、素晴らしいことではないだろうか。

 さて、今回の「味」であるが、鷹島肥前大橋を渡り切った突き当たりに立地している「食事処海道」さんの「魚嶋来(おとこ)めし」を紹介したい。一言で紹介すれば、「海鮮丼」であるが、食べ方が独特であり、熱々のコシヒカリの上に新鮮な魚介類をのせ、ゴマじょう油のタレと濃厚な卵の黄身をかけて食べるのである。魚介類の種類は当日の水揚げ次第ということで、筆者の時はマグロ、タイ、イサキ、シマアジであったことを申し添えたい。(写真:筆者撮影)

Kyodo Weekly・政経週報 202373日号掲載)

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