高知名産「山北みかん」 眉村孝 作家 連載「口福の源」
2024.02.19
正月休み。長女夫婦が1歳の長男K君を連れてわが家へ遊びに来た。まだ確かとはいえない足取りで家の中を探検するのが楽しいK君は、玄関からリビングへ、リビングからキッチンへと休みなく動き回る。いつの間にか、ミカン箱の中から小さめの温州ミカンを二つ取り出し、両手に握っていた。
そのまま握らせておくと、つめを立てて皮に穴をあけてしまう。取り返そうと「ミカンをちょうだい」と手を出すと、ケラケラと笑いながら部屋の隅へと逃げていく。ミカンを巡る追いかけっこが楽しいのだ。
ようやく取り戻し「ミカンを食べる人」と聞くと、真っすぐに手を挙げる。幼児用いすに座らせ、皮をむき一口サイズにして渡していくと、あっという間に一つを平らげた。このミカンが「高知の山北みかん」だった。(写真:南国の陽射しをたっぷり浴びて育った山北みかん、筆者撮影)
関東で山北みかんを目にすることはまれだ。私がその名を初めて知ったのは20年ほど前、東京から高知へ転勤した年の晩秋のころだ。高知市から東へ向かう国道沿いに、果物を軒に並べるロードサイド店がいくつもあった。高知市への帰り道にふと一つの店に寄り、袋詰めを買ったのだ。「山北ってどこ?」というのが最初に浮かんだ疑問だ。
皮が柔らかくむきやすい。中の薄皮もとても薄い。いくつかの房をまとめて口に放り込むと、口の中でほどよく酸味のある甘さが広がった。他の温州ミカンより、果汁に深みとコクを感じる。サイズが小さかったこともあり、二つ三つと「飲む」ように食べてしまった。
「山北」は、高知市の東20キロの所にある香南市香我美町山北という地区のこと。知人が住んでいたこともあり、その後何度か山北を訪れた。北側が山で、南には太平洋が広がる傾斜地。南国の陽射(ひざ)しをたっぷりと浴びる、かんきつ類を育てるのにはぴったりの場所だった。
当時の高知の青果店では、家庭用の山北みかんが1箱(5キロ)千円前後で買えた。こんなにもおいしく安価な果物の存在を知らせなければと思い、家族だけでなく親戚にも送るようになった。家族もすぐに大ファンに。当時小学生だった次女は食べ始めると止まらずに何個も食べるので「肌が黄色くなるよ」と冗談で注意をするほどだった。
高知を離れてからは、冬が訪れると高知在住時に通った果実店に電話で注文し取り寄せていた。だがその果実店はコロナ禍で閉店に。1年前からJAの通販サイトで山北みかんを注文するようになった。
K君が両手で握りしめ、あっという間に食べたのは、この冬初めて取り寄せた山北みかんだった。1歳の子には酸っぱいのではないかと心配になるが、まるで気にしない。高知で山北みかんに出合ってから早20年。いつの間にか「山北みかん好き」は3代目に引き継がれた。
(Kyodo Weekly・政経週報 2024年2月5日号掲載)
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