熊本に広がった豚骨 四ケ所日出光さんの功績 小川祥平 登山専門誌「のぼろ」編集長
2022.12.19
九州中に豚骨ラーメンを広めた立役者を挙げるならば、次の2人だろう。白濁豚骨を生み出した屋台「三九(さんきゅう)」(福岡県久留米市)創業者の杉野勝見さんと、その屋台を継いだ四ケ所日出光(しかしょ・ひでみつ)さんだ。
久留米を離れた杉野さんは北九州市で「来々軒」を開業。親戚にも味を教え、大分県日田市にも「来々軒」が生まれた。四ケ所さんはといえば、佐賀市に移って「三九」を店舗化したのだが、それだけではない。最大の功績はその味を熊本にまで広めたことにある。
十数年前、四ケ所さん(2016年に88歳で死去)にインタビューしたことがある。1950年ごろに三九を継いだ四ケ所さんは、すぐに店舗展開に乗り出した。その一つが52年に国鉄高瀬駅(現在のJR玉名駅)前に構えた支店だった。
熊本県北部に位置する玉名にできた支店は、熊本初のラーメン店といわれている。そのインパクトはすごかったのだろう。売り上げも良く、修業した職人も多かったそうだ。彼らが独立することでラーメン店は林立し、今や「玉名ラーメン」はご当地ラーメンとして知られ、域外からの人気も高い。
出店の翌年には九州北部地方を大雨が襲っている。熊本県では、白川流域で「白川大水害」が発生し、死者・行方不明500人以上を出した。実は、この未曽有の災害が、三九に端を発する熊本ラーメンの歴史にも少なからず影響を与えている。
「水害で商売がだめになった。そこで父たち3人はラーメンに目を付けたんです」
そう語るのは、熊本市中心部で54年から営業する「こむらさき」2代目の山中禅(やまなか・しずか)さん。こちらも以前、取材した際に聞いた話である。
3人とは山中さんの父親の安敏さん、その友人である木村一さん、台湾出身の重光孝治さん。彼らは不動産、中古車販売などで生計を立てていたが、水害で事業が立ちゆかなくなってしまったという。
「そんな時に『玉名にうまいラーメンがある』と聞きつけたそうです」と山中さん。歴史に「もし」はないが、水害がなければ、3人は玉名に行くこともなく、ラーメンをつくることもなかったのだ。
三九で味を学んだ3人は熊本市に戻り、それぞれが独立した。山中さんは「こむらさき」、木村さんは「松葉軒」。重光さんは「桂花」をへて、今や世界に店舗展開する「味千ラーメン」を立ち上げた。ちなみに桂花は68年に東京に進出し、九州豚骨の草分けとしても知られている。
四ケ所さんによると、玉名支店は結婚を機に5年ほどで閉じた。同じ頃に久留米の屋台も引き払って佐賀に移転している。佐賀でも三九の影響を受けた店は多く、佐賀ラーメンの元祖として語り継がれている。
佐賀市中心部にあった三九で何度も四ケ所さんの一杯を食べた。こぢんまりとした店で、ゆったりと仕事をする四ケ所さん(写真:筆者撮影)が印象に残っている。その姿からは、九州中に豚骨を広げた人物だとは想像もできなかった。
(Kyodo Weekly・政経週報 2022年12月5日号掲載)
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