食べ物語

草津の四川料理、再び  眉村孝 作家  連載「口福の源」

2024.01.08

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草津の四川料理、再び  眉村孝 作家  連載「口福の源」の写真

 「草津温泉の四川料理のRが閉店だって」。母校の先輩であるSさんからLINEのメッセージが届いたのは2023年正月のことだ。私は「ええ! いつですか?」と反応する。Sさんからは「先月だと。草津の楽しみがなくなってしまった」と返ってきた。

 8年ほど前から母校の同窓生グループで草津温泉へ旅するようになった。グループは私より15歳ほど上のSさんと、私と同年代の仲間という構成。Sさんは仕事の関係で草津の温泉付きリゾートマンションの部屋を格安で借りることができた。同年代のわれわれはSさんの好意に甘え、その部屋に泊まり、温泉や食事を楽しむ旅行を1年に1度ほど企画するようになった。

 マンションには食事の施設はない。車で近隣の観光地を巡った後に到着。温泉はマンションの浴場を使うこともあれば、湯畑周辺の共同浴場を巡ったこともある。町内に源泉が百以上ある草津では、どの温泉に入っても身体は芯からぽかぽかになった。

 そして夕食時になると、Sさんが懇意にしていた、湯畑そばのRへと向かった。嬬恋(つまごい)村産のキャベツを使った春巻き、イカの青じそ炒め、とびきり辛い陳(チン)麻(マー)婆(ボー)豆腐など何を注文しても外れがない。おまけにこの店には、ビール会社から「おいしい生ビール」の提供方法をしっかりと学んだスタッフがいた。

 湯畑脇の建物の2階にあるRの窓からは、もうもうと立ち上る湯煙が見える。温まった体に冷たい生ビールを流し込み、辛めの四川料理をいただく。ほどよく酔っ払い、会話が弾むと「もう望むものはない」という満ち足りた気持ちになった。

 しかしコロナ禍が始まり、この企画も19年を最後に途絶えていた。そんな中でのSさんからの悲報。「楽しみがなくなってしまった」という言葉にうなずき、暗い気分になった。

 23年秋、4年ぶりにこのグループ旅行を企画した。再び慣れ親しんだ仲間で集まれるのはうれしかったが、問題は夕食。Rに代わる店を見つけなくてはならない。

 計画を練るうちに、再びSさんから連絡があった。Rは店長の都合で閉店したが、Rで料理を担当していた店長の両親が名前を引き継ぎ、営業を始めたという。店の場所を湯畑から数分離れた住宅街に移し、週末だけ営業する方式に変更し復活したのだ。

 そして11月。住宅街にあるRを訪れると、料理を担当していたご夫婦が懐かしげに出迎えてくれた。その晩の予約はわれわれのグループ8人のみ。ウンパイロウから始まり、イカの青じそ炒め、春巻き、マイタケの煮込み、陳麻婆豆腐とおこげと進み、最後は、かた焼きそばと担々麺でしめる全10皿のコース料理。湯煙こそ眺められないものの、味は4年前と変わらない。一度はあきらめたものに再び出合えた幸せをかみしめる時間が過ぎていった。(写真:Rの辛めの四川料理はビールとの相性が抜群、筆者撮影)

(Kyodo Weekly・政経週報 2023年12月25、24年1月5日合併号掲載)

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