脂たっぷり肉厚の「黄金アジ」 巡り合った千葉・金谷産 眉村孝 作家
2022.12.26
「ごめんね。今、終わっちゃったのよ」。11月半ばの平日の午後1時前。東京・八丁堀の路地にあるランチが評判の居酒屋を初めて訪れると、洗い物をしていた女性からこう告げられた。
人気の店だから仕方あるまい。踵を返し、近くでランチの店を探す。すると、同じ路地の奥にある「黄金アジフライ&ヒレカツ ¥950」の看板に、ふと目が留まった。黄金のアジフライなのか、黄金アジのフライなのか。「黄金」の意味が気になり、のれんをくぐることにした。「うら八」という居酒屋だ。
カウンターに座り早速注文した。調理場からジュワジュワという揚げ物の音が聞こえ、期待が膨らむ。しばらくすると、お盆が運ばれてきた。白い角皿には、肉厚のアジフライが1尾、ヒレカツが2切れ(写真:筆者撮影)。大盛りのキャベツ千切りと辛子も。後はご飯とみそ汁に漬け物、佃煮というシンプルな組み合わせだ。
一見して感じたのは、フライの色の美しさだ。「これは黄金色だなあ。だから黄金アジフライなのか」と思い込んでしまった。千切りキャベツにウスターソースをかけ、それとともにアジフライをかじる。衣がザクザクと音を立て、揚げたてなのでホクホク。アジの身は厚く、脂がのっている。アジフライを各地で食べてきたが、これほどのものを味わったことがなかった。
「揚げた姿が黄金色だから黄金アジフライなのですか」。3分の2ほど食べ進んだころ、手が空いてきた店主に声をかけた。「いや。千葉県富津市の金谷漁港あたりで水揚げされる東京湾のアジを黄金アジと呼ぶんです。種類は真アジなんですが」。黄金のアジフライではなく、黄金アジのフライだったのだ。店主は説明を続ける。
「真アジは普通エサを求めて回遊します。筋肉がしっかりついているので身が黒っぽいんです。でも金谷近海の真アジはエサが豊富なためか回遊せず、色も黄金色で明るい。脂分が多く、柔らかいです」。このアジフライの旨さの源は東京湾の黄金アジにあったのだ。
9月に金谷を訪れたときのことを思い出した。東京からJR内房線方面に進み、浜金谷駅で降車。アジフライが人気の店でランチを食べ、フェリーを使い金谷港から神奈川県横須賀市の久里浜港へと東京湾を横断する旅程だった。だが目当ての店は長蛇の列。フェリーの出発時刻に間に合わないため、別の店に変更した。その日食べられなかった黄金アジフライに、くしくも2カ月越しで巡り合った。
「金谷でも大人気ですが、なんとか仕入れています」と店主は笑った。できれば黄金アジフライ2尾を食べたいと思ったが、950円という価格では難しいのかも知れない。インフレの時代にこの価格は良心的。では、また来よう、職場からも近いのだから。
(Kyodo Weekly・政経週報 2022年12月12日号掲載)
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