越前はセイコ、ガサエビ 眉村孝 作家 連載「口福の源」
2023.04.24
「福井県といえば越前ガニ(オスのズワイガニ)」。若いころ、私はそんなイメージを抱いていた。埼玉生まれの私は長く福井を訪れたことがなかった。ただ関西在住の友人からは「冬には福井に越前ガニを食べに行く」という話をよく聞いたので、そんな印象を抱いたのだろう。
初めて「福井で越前ガニ」の機会が訪れたのは8年前の1月。福井に出張した折、福井で働く会社の先輩が、地元の食がおいしい居酒屋に連れて行ってくれたのだ。
越前ガニを食べる気満々だったが、実際に食べたのは「セイコ」。ズワイガニのオスより一回り小さいメスを、福井ではこう呼ぶ。店の女将の「地元民はむしろセイコを好んで食べる」という言葉にひかれた。確かに内子、外子と呼ばれる卵巣や受精卵は抜群の旨さだった。
そしてこの2月末。久しぶりに福井を旅する機会が巡ってきた。会社の後輩が3年間の福井勤務を終え東京帰任が決定。彼が帰任する前に、私が福井を訪れることにした。親切な後輩は車で各地を案内するという。
旅の初日。石川県の小松空港で彼と落ち合うと福井県北部の景勝地東尋坊へ向かい、お昼時になると東尋坊に近い三国港の海鮮料理店に入った。国内で唯一ズワイガニの日帰り漁が行われるという港だ。
ただ、今回は時期が悪かった。福井在住の別の友人によると、2月末はまだズワイガニの漁期だが「脱皮して日が浅く、身に水分が多いので薦めない」という。店には越前ガニ料理があったが、最も安い丼ですら、5000円以上する。「割に合わない」と判断し、やめることにした。
そんなときに後輩が「これ旨いですよ」と控えめに指さしたのが「ガサエビ丼」(2500円)だった。調理を待つ間、後輩はガサエビについて語らないので、その味や姿を想像する。セイコと同じく、福井の外では耳にしたことがない呼び名だ。なぜ「ガサ」なのだろう。
間もなく運ばれてきたのは新鮮な生エビを10尾も盛った丼。その姿を見てガサの由来が分かる気がした。形は甘エビ似だが、色がくすんでいるのだ。(写真:筆者撮影)
早速食べてみる。「甘エビより甘いじゃないか」。それが最初に浮かんだ言葉だ。さらに頭部の殻の部分が柔らかく、みそと共に食べると味わい深い。いつの間にか、身だけでなく頭部も食べてしまっていた。
正式名称は「クロザコエビ」。色が黒っぽく、くすむのが早いためで、域外への流通量は少ない。しかし産地では「甘エビ以上においしい」ということが知られているのだという。
8年前は越前ガニを求めつつもセイコガニへ。今回は越前ガニにひかれながらガサエビを選び、幸せな気分になった。地元の食に通じた人の言葉に従うと、きっと良いことがある。
(Kyodo Weekly・政経週報 2023年4月10日号掲載)
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