食べ物語

クエ入りの海鮮丼再び  「神守る島」宗像大島での出会い  眉村孝 作家

2023.03.13

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クエ入りの海鮮丼再び  「神守る島」宗像大島での出会い  眉村孝 作家の写真

 4年前の2月。福岡県で一番大きな島である宗像大島(福岡県宗像市)を訪れた私は、港で宗像市本土の神湊港へ帰る1620分発のフェリーに乗るかどうか迷っていた。朝早くに大島へ渡った私は宗像大社中津宮など島の名所を歩き続け、お腹はペコペコだった。

 この便を見送れば次は18時発。島で食事をする時間はできるが、夕食には早いこの時間帯に営業する店が見つかる保証はない。一方、この便に乗れば10分ほどで本土に着き、食事の選択肢は増える。だが島で店を探したほうが、新たな食や人との出合いがあるかもしれない。そう考え、港を離れて飲食店が数軒集まる場所を目指した。

 店のたたずまいを見つつ選んだのが「壽や三郎(ことぶきやさぶろう)」という店だ。引き戸を開けると、大将の「いらっしゃい」の声。ただ店内は薄暗く、客は1人もいない。ふと不安になるが、既に引き返せない。メニューを見て特別海鮮丼と生ビールを注文した。

 大島は約50㌔沖の沖ノ島などとともに、2017年にユネスコから世界文化遺産の登録を受けた。沖ノ島は日本列島と朝鮮半島の間に位置し、古代から航海安全や交流成就を祈る祭祀の場だった。島全体が宗像大社の沖津宮となっている「神宿る島」だ。一方、大島は、沖に沖ノ島を望む位置にあり「神守る島」と呼ばれてきた。

 また、この海域は魚介類が豊富な場所でもある。「大島なら歴史・文化も食も楽しめる」というのが旅のもくろみだった。 大将が用意してくれた特別海鮮丼は私の期待を大きく超えていた。丼から海鮮があふれんばかり。イクラ、とびっこ、エビ、生とあぶりのブリ、マグロ。名前が分からない魚もある。

 「(丼右側の)白い魚は分かる?」と大将。「分かりません」と答えると「クエだよ。このあたりが漁場だからね」と教えてくれた。クエはスズキ目ハタ科の高級魚だ。私が目を丸くしていると「これもサービス」といって、少量しか取れない「クエのえんがわ」を焼いたものまで出してくれた。タイのあらのみそ汁もついて価格は2000円。確かに「特別海鮮丼」だった。(写真:筆者撮影)

 この旅には後日談がある。大島の一人旅が印象深かったので、1カ月後に娘2人が福岡へ遊びに来た時、大島に3人で渡り、ランチ帯に店を再訪して特別海鮮丼を注文したのだ。

 3人なので「これからバスで島を回るつもりです」と話すと、大将が「バスは不便。車を貸してあげるよ」と驚きの提案をしてくれた。私たちは図々しくもお言葉に甘えて車を借り、徒歩では行けないような島の端々までくまなく回った。

 「神守る島だからこその出合いと親切だったのかもしれない」。宗像大島での体験を思い返すと、そんな不思議な感覚に包まれる。

(Kyodo Weekly・政経週報 2023年2月27日号掲載)

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