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繊維業とともに広がる?  奥が深いソースカツ丼  眉村孝 作家

2023.02.06

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繊維業とともに広がる?  奥が深いソースカツ丼  眉村孝 作家の写真

 昨年11月末。約11年ぶりに復旧したJR只見線に全線搭乗したあと、福島県の会津若松駅で列車を降り、とんかつ屋「かつ一」に向かった。目的はソースカツ丼。福岡や東京ではあまりお目にかからない。「ソースカツ丼はソウルフード」の声もある会津若松市へ着き、久しぶりに食べたくなったのだ。

 待つこと十数分。出てきたのは、ご飯と千切りキャベツの上にのったカツに、とろみのあるソースをたっぷりとかけたカツ丼だ。柔らかなヒレ肉とキャベツと熱々のご飯と甘めのソースが絶妙に合う。食べながら、約20年前の会話を思い出した。(写真:筆者撮影)

 「カツ丼と言えばソースカツ丼でしょう」。群馬県出身の男性と飲んでいると、こんな発言が飛び出した。埼玉県生まれの私にとってカツ丼とは卵でとじたもの。卵とじよりソースの方が主流との考えには肯きかねた。彼の主張を納得できたのはそれから数年後、転勤で群馬県に住んでからだ。

 店で「カツ丼」と注文すると、何も聞かれずにソースカツ丼が出てくる。卵とじのカツ丼はメニューにない店も多い。そして「ソースカツ丼の名店」がいくつもある。いつしか群馬県内の行く先々でソースカツ丼を注文するようになった。

 織物の街として知られる桐生市にある「藤屋食堂」は名店の一つだ。もも肉を使ったソースカツ丼は、ご飯の上に、ソースに浸したカツを数切れだけのせたシンプルな一品。他のものは一切のせない。ソースで濡れた衣を想像しながら口に入れると、サクサクなのにしっかりソースの味もする。店主によると、サクサク感を保つよう通常より堅いパン粉を特注しているという。

 群馬県ではなぜ、かくもソースカツ丼が好まれるのか。明治初期に富岡製糸場(富岡市)ができるなど繊維業で栄えたことを背景に、カツレツなどハイカラ料理を出す店が多かった。やがてカツを白米にのせて素早く提供できるソースカツ丼が広がった。

 そんな説を何回も耳にした。実際、実家が前橋市でテーラーを営んでいた女性によると「祖母や母も働いていたので、夕食に店屋物でソースカツ丼をとることが多かった」という。

 全国的にみると、ソースカツ丼文化が根付くのは福島県の会津地方や群馬県のほか、福井県の福井市や敦賀市、長野県の南信地方など。養蚕や繊維業が盛んだった地域が多い。

 地域により、味や作法には大きな違いがある。会津地方と群馬県では千切りキャベツの有無、ソースのとろみや味が異なる。同じ群馬県内でも、東側はウスターソース寄りのソース、西側は醤油味に近いソースと、地域内でも味の広がりがある。

 次はこの地方で食べたい。あの店にも行ってみたい。味や作法の違いはどこから生じたのか。ソースカツ丼は単純なメニューながら、実は奥の深い世界だ。

(Kyodo Weekly・政経週報 2023年1月23日号掲載)

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