日本海の新鮮な魚に満足 糸魚川「地魚料理すし活」 眉村孝 作家
2022.11.21
引き戸をがらがらと開け「ごめんください」と声をかけた。見知らぬ土地、そして初めて訪れるすし屋。緊張で、声が少しうわずった。いちげんさんに、よそよそしい態度で接するすし屋は少なくない。だが、大将らしき男性から返ってきた「いらっしゃい」の声は、想像していたよりずっと温かみがあった。
新潟県糸魚川市にある「地魚料理 すし活」を訪れたのは8月末の日曜日の昼下がり。その週末、私は青春18きっぷとレンタカーを組み合わせた1泊旅行に出た。前日は車で諏訪や松本近辺を回った後、友人2人と松本市の居酒屋に集合し、キノコや山賊焼きなど信州料理に舌鼓を打った。そして日曜日は大糸線の鈍行に4時間近く揺られ糸魚川までやってきたのだ。
近い将来廃線となる可能性がある大糸線に乗りたい、糸魚川で翡翠やフォッサマグナの現場を見たいというのが目的で、食事の場所は決めていなかった。ここを選んだのは、レンタカーを借りた店の近くだったのと、店員に聞いた評判も良さそうだったからだ。
メニューを見せてもらうと「地魚おまかせ寿し」にひかれた。3200円と昼食としては高いが、日本海の地魚を堪能できるならば安いのではないか。
客は私1人。大将はてきぱきとネタを選び握っていく。奥様がお手ふきやお茶を用意する。しばらくして二つの皿にのせた地魚すしに加えネタの種類を記した紙まで持ってきてくれた。
写真(筆者撮影)の1皿目。ネタ表を見ると左から2番目は「アラ」だ。2年前まで暮らしていた福岡では、高級魚クエを「あら」と呼び、何回かあら料理を楽しんだ。東京の知人から「どうしてもクエ=あらを食べたい」と求められ、手軽にあら料理を味わえる店を探したこともあった。
「あら、福岡で食べました」と大将に得意げに話しかける。だが大将は「九州でクエをあらと呼ぶけれど、それとは違うのですよ」と諭すように教えてくれた。同じハタ科だが、九州の「あら」は俗称で、新潟のアラは標準和名だという。口に入れるととろけるような舌触り。かみしめると弾力に富んでいる。
その左は宗八カレイ。アラとともに初めて口にする魚だ。驚いたのはサザエだ。これまでは生臭くて固いと感じることが多く、好みではなかった。それなのにこのサザエは生臭さが全くなく、コリコリとした食感が心地よく、別物のように感じた。
店のすぐ近くに漁港があり、さらにその先には日本海が広がる。11貫のすしは取れたての新鮮な魚だからこそ感じるプリプリ感に満ちていた。
入店前にあった「冷たくあしらわれたら」という不安は消え、食べ終えたときには温かさと満足感が広がっていた。勘で選んだ店が大当たり。これぞ旅メシの醍醐味だ。
(Kyodo Weekly・政経週報 2022年11月7日号掲載)
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