広がらなかった白濁豚骨スープ 異端の鹿児島ラーメン 小川祥平 登山専門誌「のぼろ」編集長
2022.11.14
九州のラーメンの多くは豚骨誕生の地である福岡・久留米と関わりがある。発祥の店「南京千両」(久留米市)は、長崎のちゃんぽんも参考にして豚骨ラーメンを世に送り出した。白濁した豚骨スープを生みだしたのは西鉄久留米駅前にあった「三九」。その店主が軸となり、北九州、佐賀、大分、熊本、宮崎まで味が広がった。ここまで聞いて、気付いた人がいるかもしれない。鹿児島だけはその例外とされているのだ。
鹿児島最初のラーメン店といわれているのが「のぼる屋」である。道岡ツナさんと夫の昇さんが1947年に鹿児島市で創業した。ツナさんは戦前、横浜で看護師をしており、患者の中国人から看病のお礼に作り方を教わったという。しかし、店は2014年に閉店。その後ファンたちが復活させたが、そちらも今はない。
現存する中での一番古い店は同市中心部の歓楽街そばにある「のり一(いち)」だ。オーナーの神川照子さんによると、創業はのぼる屋より2年遅れの1949年。神川さんの夫、松一さんが、台湾人の親類から「中華そばでもやったら?」と勧められたのがきっかけという。
松一さんは親類直伝のレシピを学びつつ、研究を重ねた。その一杯は、豚骨を若干加えた鶏がらスープ。透明感があり、とてもあっさりしている。場所柄、飲んだ後に来る客が多い。まさにシメにぴったりだ。(写真:筆者撮影)
同じく老舗の「こむらさき」は、のり一の翌年に創業している。戦前から食堂を営んでいた橋口フミさんが、台湾出身のラーメン職人、王鎮金さんを迎えて開店したのが始まりだ。
2代目、橋口芳明さんの話がおもしろい。王さんがラーメン職人だったというのは真っ赤なうそで、もともとは日本統治時代の台湾の官僚だったそうだ。戦後の混乱期に来日。職を得ようとラーメン職人を名乗ったという。その後、フミさんと王さんは結婚。店は今も盛業中である。
ここに挙げた3店の味は全く違う。ただ、それぞれが今の鹿児島ラーメンの特徴をどことなくまとっている。あっさりタイプのスープ。かん水を使わない蒸し麺。もやしやキャベツのトッピング...。これらの老舗から影響を受け、鹿児島ラーメンというジャンルが確立していったのだろう。
薩摩藩は琉球貿易を続け、幕末は外圧とも戦った。鹿児島という土地は、国内というより、海を向いていた。「うちは台湾の味なんですよ」。神川さんの言葉が印象に残っている。鹿児島が、ラーメンにおいて九州では異端である理由が分かる気がする。
(Kyodo Weekly・政経週報 2022年10月31日号掲載)
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