パイオニア精神受け継ぐ 豚骨ラーメン三馬路 小川祥平 登山専門誌「のぼろ」編集長
2022.05.09
福岡市内で最初の豚骨ラーメン店は、1940(昭和15)年ごろに中洲で開業した屋台「三馬路(さんまろ)」とされる。豚骨発祥の店「南京千両」(福岡県久留米市)は横浜の南京街の味をヒントにしたのだが、こちらは本場の中国の味を持ち込んだようだ。
創業者は森堅太郎さん。それまで大陸を渡り歩いた森さんがデパート「福岡玉屋」横で屋台を始めた。戦争の混乱を経て、戦後はラーメンが浸透していく時期。先駆者として人気を集めたのだろう。「三馬路」の味を受け継ぐ者も現れた。
その人物とは森山勝さん(故人)と義弟の手嶋武臣さん(88)。森さんの下で働いていた森山さんは51年、中洲に近い祇園という場所で屋台を開き、手嶋さんは手伝いとして入った。師匠がつけてくれた屋号は「三馬路」ならぬ「五馬路(うまろ)」だった。
手嶋さんからその頃の話を聞いたことがある。初めて食べたラーメンは想像を絶する味だったそうだ。「この世にこんなうまいものがあるのかと思ってね」と手嶋さんは言っていた。麺は竹を使って平たく伸ばす。えぐみを出さないように豚骨を煮出す。「三馬路」の作り方を踏襲した。当時の福岡の人たちも手嶋さんと同じ思いを抱いたのかもしれない。五馬路は多くの人でにぎわった。
手嶋さんは53年、別の場所に店舗を出すことになった森山さんの屋台と屋号を譲り受け、ほどなくして店舗を構えた。その店は、後に屋号を「うま馬」と変え、今も福岡市博多区祇園で営業を続けている。
三馬路、五馬路、うま馬と受け継がれたラーメンの特徴は、澄んだスープと平打ち麺にある。白濁スープに細いストレート麺という現在主流の博多ラーメンとは違う。豚骨は下ゆでし、丁寧に血抜き、あく抜きをする。いわば「引き算」のスープで、豚骨だしがじんわり。平打ち麺との相性もいい。
守り継いだこの味をさらに広げたのは手嶋さんの長男で2代目の雅彦さん(63)だ。東京の劇団「青年座」の俳優だった雅彦さんは、伝統を守りながら新たな挑戦をする〝改革者〟でもある。(写真:武臣さん(左)と雅彦さん=2015年、筆者撮影)
屋号を「うま馬」に変えた。ソムリエの資格を取得してラーメン、焼き鳥にワインを合わせることを提案した。ラーメン居酒屋の業態で客層を広げ、東京、海外へ店を広げた。
近年のコロナ禍でも挑戦を続けている。昨年末、東京・神田に「三馬路」をオープン。こちらは居酒屋業態ではなく、ラーメン専門店にした。しかも、伝統のうま馬のラーメンを封印し、鶏がらベースの塩ラーメンなどで勝負する。
「三馬路のパイオニア精神を受け継ぎやっていきたいんです」と雅彦さんは言う。老舗といえばその歴史や変わらなさに目が向けられがちだ。ただ、新しい時代を切り開いたのもまた老舗なのである。
筆者の小川祥平(おがわ・しょうへい)さんは1977年生まれ。西日本新聞社記者。著書に「ラーメン記者、九州をすする!」(西日本新聞社刊)。出向所属先は西日本新聞プロダクツメディア制作部次長。
(Kyodo Weekly・政経週報 2022年4月25日号掲載)
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