「山ごはん」の至福 長者原のとり天・だんご汁 眉村孝 作家
2022.06.27
山ごはんが好きだ。
狭い意味での山ごはんとは「登山で山頂に到達したときに食べる食事のこと」だろうか。どんな山でも、頂上に着くころには空腹でおなかがなっている。頂上で食べる食事は普段より数割増しのおいしさを感じる。
「山で自炊してこそ山ごはん」と力説する人もいるだろう。私も山用の小型ガスバーナーとアルミ製クッカーを持っているので、その気持ちはよくわかる。
調理道具と水と食材をリュックに入れる。山頂につき、湯を沸かし、コーヒーやスープ、ラーメンをつくる。夏ではあっても山頂ではすぐに体が冷えてくる。熱い飲み物や食事が、疲れて冷えた身体を芯から温める。
だが私にとっての山ごはんはもう少し範囲が広い。「登山やトレッキングに伴う食事」といったらいいだろうか。登山やトレッキングは、ランニングやサッカーに比べ時間当たりの強度が高すぎず、一方で長時間の行程になるので消費カロリーが大きい。自然の中で、山頂や山行の後に食べる山ごはんは、おいしさが際立つのだ。
最初に思い浮かぶのが福岡県に住んでいたころ、何回も通った大分県九重町の長者原(ちょうじゃばる)にある「長者原ヘルスセンター」だ。
長者原は阿蘇くじゅう国立公園の北半分を占めるくじゅう連山の登山口。周りにはラムサール条約に登録された「タデ原湿原」が広がり、大分県由布市と熊本県阿蘇市を結ぶ「やまなみハイウェイ」も通る。
山肌がミヤマキリシマでピンクに染まる6月には、九州内外から多くの登山客でにぎわう。同ヘルスセンターは、その長者原の登山口わきに位置する食堂兼温泉だ。
長者原を拠点に久住山、中岳、星生山、三俣山、大船山などに登った私は、そのたびにヘルスセンターに寄った。そばなど普通の品もあるが、関東出身の私にとってうれしいのは、大分県の郷土料理である「とり天」や「だんご汁」(写真:筆者撮影)があることだ。
とり天は鶏肉に衣をつけて揚げた郷土料理。一見唐揚げに見えるが、醤油やおろしニンニクで下味をつけた肉と天ぷら風の衣が特徴だ。ヘルスセンターのとり天は揚げたてで衣はふんわり、熱々だ。カボス入りの酢醤油がつくのも大分らしい。
だんご汁は豚肉、ダイコン、ニンジン、サトイモ、ネギなどに、小麦粉から練り上げた太めの手延べ麺を加えた具だくさんのみそ汁である。火山が多く、コメよりも麦の栽培に適した耕地が多い、九州ならではの郷土料理だ。
くじゅうの山々からの下山途中。長時間の行程で足が重くなると、いつの間に長者原での食事を思い浮かべている。ようやく長者原に到着。タデ原からのさわやかな風を感じるヘルスセンター屋外のベンチにどかっと座り、生ビールを飲みつつ、とり天とだんご汁の定食をいただく。山ごはんの至福を感じる一瞬である
(Kyodo Weekly・政経週報 2022年6月13日号掲載)
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