食べ物語
平麺とこってりスープは変わらず 思い出のラーメン「赤のれん」 小川祥平 登山専門誌「のぼろ」編集長
2022.06.20

誰にでも「思い出の店」なるものがあるはずだ。親に連れられていった。友人と入り浸った。1人で何度も通ったー。そんな店は、味だけではなく、なにかの記憶と結びついている場合も多い。ぼくにとってのそれは「元祖赤のれん 節ちゃんラーメン」(福岡市中央区)である。
一番通ったのは中高時代。近くに友人の家があったこともあり、学校帰りによく立ち寄った。今は無理だけれどラーメンと炒飯セットに替え玉もしていた。しょうゆの香りが立った茶褐色の豚骨。独特の平麺がこってりスープとよく絡んだ。友人とは何を話していたのだろう。今となっては覚えていない。
当時の店主は津田節男さんだった。おそらく家族、親戚で厨房を回していて、その風景は記憶に残っている。けんかはしょっちゅう。かと思えば仲直りも早い。店員のおばちゃんもよく話しかけてきた。今どきの接客とは全く違う。その緩い感じが好きだった。
赤のれんを「思い出の店」とする人は多いだろう。なぜならその歴史は福岡市で一、二を争うほど古いから。創業したのは節男さんの父、茂さん。戦後に旧満州から戻った茂さんはもともと大工で、仕事先で山平進さん、ミヨ子さん夫婦と運命的な出会いを果たす。
これはミヨ子さんから直接聞いた話。1950年ごろのある日、ミヨ子さんの実家の改築現場に茂さんが現れた。その時に食べていた弁当が貧素だったらしい。見かねた進さんが言う。「屋台でもやらんね」。当時、進さんはうどん屋台を引いていたのだ。茂さんは大工の腕を生かして屋台を組み上げ、天ぷらを売り歩くようになったという。
屋台仲間となった2人は意気投合し、新しいメニューを考える。ヒントになったのが、茂さんが中国・奉天(現在の瀋陽)で出合った豚骨スープの麺料理だった。アイヌ料理を参考にしたものらしく、「十銭そば」として売られていた。
大陸の味を改良したラーメンは1杯50円。人気になると茂さんは福岡市東区箱崎に店舗を構えた。ちなみに山平さんは東区馬出に「博龍軒」を開く。店は親類が継ぎ今も盛業中だ。
赤のれんは福岡発で全国に広まった豚骨ラーメンの先駆けの一つでもある。茂さんに頼み込んで修業したファンが78年、西麻布に「赤のれん」を開業。東京では80~90年代に豚骨ブームが起きており、その火付け役とされる。福岡では、84年に2代目節男さんが市中心部・天神に店を構えた。ぼくが通ったのはこの時代。現在は3代目の敏茂さんに引き継がれている。
この原稿を書いていると無性に食べたくなった。店は2013年に移転しており、昔の面影はない。かつてのように「炒飯セット」とはいかず、「ラーメン単品、あぶら少なめ」と注文した。それでも変わらずのスープに平たい麺。妙な懐かしさを感じる。場所も、自分も変わった。でも原風景はここにある。(写真:香川県小豆島のしょうゆを代々使う赤のれんのラーメン=筆者撮影)
筆者の小川祥平(おがわ・しょうへい)さんは1977年生まれ。西日本新聞社記者。著書に「ラーメン記者、九州をすする!」(西日本新聞社刊)。出向所属先は西日本新聞プロダクツメディア制作部次長。
(Kyodo Weekly・政経週報 2022年6月6日号掲載)
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