偶然の白濁スープ 小倉「來々軒」1951年創業 小川祥平 西日本新聞社出版グループ
2022.04.04
豚骨ラーメンって何だろうと考える。明治期に横浜・南京街で食べられていたラウメンは豚骨を使っていた。長崎チャンポンも沖縄そばも同じ。ただそれを豚骨ラーメンとは呼ばない。多くの人は豚骨ラーメンに白濁したスープを結びつけているのかもしれない。「豚骨=白濁」であるならば、始まりは北九州市小倉北区の「来々軒」となる。
久しぶりにその一杯を食べたくなって小倉へと向かった。出迎えてくれたのは2代目杉野龍夫さん(69)。7年ぶりだが、店構えも含めて変わらない。老舗はやっぱり安定感が違う。創業は1951(昭和26)年だが、歴史はもっと古い。杉野さんは教えてくれた。「その前におやじが久留米で屋台をやっていたんですよ」(写真:筆者撮影)
杉野さんの父、勝見さん(故人)は47年、福岡県久留米市で屋台「三九」を始めた。つくり方は大阪で中華そば屋をやっていた人物から学び、九州初のラーメン店「南京千両」(久留米市、37年創業)の宮本時男さんにも相談した。屋号は、宮本さんの生年(明治39年)と英語の「サンキュー」を掛け合わせた。
当初のスープは白濁ではなく、清湯だったそうだ。横浜の中華そばを参考にした南京千両同様、三九のスープも豚骨をあまり煮立てず透明感を残していた。しかし、ある日を境にスープが変わる。「おやじが仕入れに行ってなかなか帰ってこなかった日があって」と杉野さん。
その日留守番をしていた母親はグツグツとスープをたぎらせ、白濁させてしまった。戻った勝見さんが試しに飲むと意外においしい。それを客に出すようになった、というのが白濁豚骨の誕生秘話である。杉野さんは「おやじは仕入れと言い張るけど、絶対に遊びだったはず」と笑う。
その後、勝見さんは三九を知人に譲り、小倉に移った。市電「香春口」電停前に屋台を構え、屋号は「来々軒」に。香春口といえば、炭鉱で栄えた筑豊を経由して久留米につながる拠点。「小倉は縁もゆかりもなかった場所」というが、その立地に引かれたのかもしれない。
来々軒はとにかく売れた。最盛期は1日700杯超。20㌔以上離れた行橋まで出前したこともあった。売れた分、遊びに力が入ったのが勝見さんらしい。山陽新幹線の開通時は定期券を買って博多の街に通った。
そんな歴史とともに歩んできた一杯をいただく。見た目はまさに白濁。一口すすると口当たりはあっさり。でも奥の豚骨だしがしっかり主張してくる。脂や元だれに頼らないストレートな濃厚さがあった。
ちなみに三九を引き継いだのは四ケ所日出光さん(故人)だ。彼は熊本、佐賀に店を出し、白濁豚骨を九州中に広める立役者となった。
あの日、勝見さんの外出の目的が仕入れだったのか、遊びだったのかは分からない。でも、結果的に九州ラーメンの歴史を変えるとは...。勝見さん自身思ってもみなかっただろう。
筆者の小川祥平(おがわ・しょうへい)さんは1977年生まれ。西日本新聞社ビジネス編集部次長。著書に「ラーメン記者、九州をすする!」(西日本新聞社刊)
(Kyodo Weekly・政経週報 2022年3月21日号掲載)
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