「わが家の雑煮」を語ろう 県民性では決まらない? 眉村孝 作家
2022.01.31
仕事の関係で、いくつかの地方に数年ずつ住んできた。北関東、四国、九州。どの地域にも、生まれ育った埼玉や東京とは異なる食文化があるため、地域の食材や料理をできる限り味わってきた。だがほとんど口にできなかった料理もある。雑煮だ。
角餅か丸餅か、餅を焼くか否か、すまし仕立てか味噌仕立てかー。雑煮は地域によって大きな違いがある。全国の多様な雑煮を食べ比べられたら、それはおいしく、貴重な経験となっただろう。だが雑煮は家庭料理の代表格であり、それを商品として提供する飲食店は少ない。
しかも私は年末年始、赴任地にいないことが多かったため、その土地の雑煮に出合う機会が限られた。従って雑煮を語ろうとすると、どうしても「わが家の雑煮」の話をすることになる。
埼玉で育った子どものころ、雑煮といえば、かつおだしのすまし汁に焼いた角餅を入れるものだった。具材は鶏肉やなると、三つ葉、大根など。いま振り返れば、典型的な関東風の雑煮だ。正月にしか食べない雑煮が楽しみで、三が日はひとつずつ餅の数を増やしながら毎日味わうのが習わしだった。
子どものころ、母は近所の和菓子店でついた餅を買っていた。店からのし餅を取り寄せ、家で四角に切る。母の脇でその作業を見たり手伝ったりすることで、正月を迎える気分、雑煮への期待が盛り上がった。
大阪生まれの妻と結婚してから出合ったのが、京都風の白味噌雑煮(写真:筆者撮影)だ。大阪の妻の実家へ帰省した最初の年。義母が京風の白味噌雑煮を作ってくれた。
具材は焼き豆腐に生麩、鮮やかな赤が特徴の京人参、雑煮向けの細い大根、里芋、セリなど。餅は丸餅で焼かない。そして白味噌。妻の実家では、本田味噌本店(京都市)の西京白味噌を愛用していた。淡黄色の白味噌を多めに入れると、とろみのついた白味噌雑煮ができあがる。
最初の一口の上品な味噌の甘さが、すまし仕立てに慣れた私には驚きだった。さらに時間がたつと、白味噌に丸餅と里芋が溶け出し、甘さととろみの具合が絶妙になる。そんな白味噌雑煮をいただくのが、年末年始に大阪へ帰省する何よりの楽しみだった。家族の予定が合わずに帰省が難しくなると、わが家で妻が白味噌雑煮を作るようになった。
全国の多種多様な雑煮を紹介した野瀬泰申氏の「食は『県民性』では語れない」(角川新書)に、こんな一節がある。「故郷を遠く離れた者同士が結婚した場合、家庭内権力の傾き具合によって一家の雑煮形態が決まる」
私の父は滋賀生まれだが、母は東京生まれで、正月の雑煮は母系統の関東風だった。そして私は埼玉出身だが、妻が大阪出身で、わが家の雑煮の味は主に京風の白味噌仕立て。わが家の「権力の傾き具合」は2代連続で妻側に傾いているということになる。
(Kyodo Weekly・政経週報 2022年1月17日号掲載)
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