ちゃんぽんと利他の心 食べ継がれ全国へ 小川祥平 西日本新聞社出版グループ
2022.01.24
「アジアと結び付いた世界史を肌で感じられるから」。もう10年近く前の話。直木賞作家の葉室麟さん(2017年に逝去)は九州を拠点に書き続ける理由を語ってくれた。東京が中心なら九州は「周縁」だけれども、アジアを中心に考えるならば九州はその「前線」ということだ。
飛躍するようだが、これはラーメンの歴史についても当てはまる気がする。明治30年代、東京や横浜で「支那そば」「ラウメン」などとして食べられ始め、全国に広がった。それは一面では正しいが、九州に身を置くものとしてはあえて異論を唱えたい。「同じ頃、長崎にはちゃんぽんがあったでしょ」と。
そのちゃんぽん発祥の店とされているのが1899(明治32)年創業の「四海楼」(長崎市)である。陳平順は中国福建省出身で、19歳の時に来日。同郷の先輩から援助を受けながら、行商で開業資金をためて四海楼を開いた。平順のひ孫で4代目の優継さんにちゃんぽんの誕生秘話を聞いたことがある。(写真:本店に「ちゃんぽんミュージアム」を併設し、店の歴史を今に伝える優継さん=筆者撮影)
店を軌道に乗せた平順は先輩から受けた恩を後輩に返そうとしたらしい。多くの留学生の身元を引き受け、彼らのために古里の豚肉入り麺料理「湯肉絲麺(トンニィシィメン)」をベースに野菜や魚介を加えた「支那饂飩(うどん)」を生み出した。
安くてボリュームある一品は人気となり、明治の終わりには「ちゃんぽん」と呼ばれるようになる。名の由来は諸説あるが福建語「吃飯(シャポン)」(飯を食べるの意)が有力だという。
つまり東京、横浜でのラウメンと同時期に、長崎ではちゃんぽんが食べられていたのだ。調理法や具材は違えども、両者はともに中華麺を使う。コシや風味の違いは、ちゃんぽんはかん水(炭酸カリウムが主成分)ではなく唐灰汁(炭酸ナトリウムが主成分)でつくるからだ。
長崎名物を全国区にしたのは中央の人たちだった。その代表格が斎藤茂吉である。長崎医学専門学校の教授だった茂吉は、看板娘にほれ込んで通い、芥川龍之介、菊池寛を連れてきた。ほかにも坪内逍遥、辻潤らが訪れるなど大正、昭和初期はさながら文化サロンのようだった。
こんな逸話もある。ちゃんぽんが人気になった頃、商標登録を勧められたが平順は「日本中の人に食べてもらいたい」と固辞したという。戦争が近づき、華僑への風当たりが強くなっても、長崎にとどまってのれんを守り抜いた。
優継さんは先代たちの生き方を「恩送り」という言葉で表現する。恩を受けたならば、次の世代に引き渡す、利他の心だ。「ちゃんぽんはただの商品ではなく、理念を具現化したもの。だから今でも食べ継がれているのだと思います」
「前線」は時に交じり合う。平順たちにとってアジアも日本もなかったのかもしれない。
筆者の小川祥平(おがわ・しょうへい)さんは1977年生まれ。西日本新聞社ビジネス編集部次長。著書に「ラーメン記者、九州をすする!」(西日本新聞社刊)
(Kyodo Weekly・政経週報 2022年1月10日号掲載)
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