食べ物語

群馬・下仁田に豚すき焼きの名店  特産のポーク、ネギ味わう  眉村孝 作家

2021.12.20

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群馬・下仁田に豚すき焼きの名店  特産のポーク、ネギ味わう  眉村孝 作家の写真

 今から10年ほど前のこと。私は親しくなった群馬県下仁田町役場の職員にこんな話題を持ちかけた。「下仁田町には強い特産品があるのに、手軽に味わえる飲食店が少ないのでは」

 町には抜群の知名度を誇る「下仁田ネギ」がある。白根の長さが15~20㌢と短く、太さが5センチほどもある。火を通すと独特の甘みととろみが出る。すき焼きや鍋物に合うのはもちろん、アルミホイルで包み焼きにしてもおいしい。

 もう一つの特産品がこんにゃくだ。かつてこの地域では養蚕が盛んで、桑畑が広がっていた。養蚕の衰退とともに桑畑は減り、取って代わったのがこんにゃく芋畑だ。町の中心、上信電鉄の下仁田駅の近くには「こんにゃく手作り体験道場」もある。

 ただ、単品の販売だけでは魅力を伝えにくい。県内で生産が盛んなシイタケや上州牛を組み合わせれば「下仁田すき焼き」ができる。「町が音頭をとってすき焼き店を作っては」。少し厚かましく、そんな提案をしてみた。

 それに対し職員は申し訳なさそうに「地元ではすき焼きといえば豚なんです」と応じた。彼の中には、すき焼きといえば牛肉であり、安価な豚肉を使うのは誇れるものではないという思いがあったのかもしれない。

 だが、全国にすき焼きの名店は多いが、豚すき焼きの名店はあまり聞かない。「いいじゃないですか、豚すき焼き。下仁田では豚が普通なら、それを売りにした方が面白いですね」。私の言葉にホッとしたのかもしれない。職員は「実は豚すき焼きを食べられるコロムビアという店があるんです」と教えてくれた。その後、私がコロムビアを訪れたことはいうまでもない。

 そして約10年ぶりにまた豚すき焼きを食べたくなり、この秋、家族と下仁田駅前の路地に面した店を再訪した。昭和レトロ風の店名なのは約60年前に喫茶店として始まったからだ。

 上州牛すき焼きが2900円なのに対し、豚すき焼き(写真:筆者撮影)は1300円。豚肉は地元産の下仁田ポークを使う。下仁田ネギ、糸こんにゃく、シイタケなどの食材は、両者とも変わらない。

 豚肉を焼き、割り下を注ぎ、下仁田ネギなどを加える。味がしみこんだ肉とトロトロの下仁田ネギに生卵をからめて口に入れる。幸せを感じる一瞬だ。

 下仁田ポークがあっさりとしたおいしさで、牛肉よりも飽きがこない。食の細い次女が「いくらでも食べられるね」というほど。家族全員で豚肉とネギをおかわりすることになった。

 店構えは、教えられなければのれんをくぐることはないだろうと思える地味なもの。隠れた名店を教えてくれたシャイな町役場職員に、改めて感謝した。

 1月頃までが下仁田ネギの最もおいしい時期。高崎駅から上信電鉄に揺られ、豚すき焼きの隠れた名店を訪れるにはうってつけの季節だ。

(Kyodo Weekly・政経週報 2021年12月6日号掲載)

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