横浜の影響受けた九州ラーメン 豚骨発祥の久留米「南京千両」 小川祥平 西日本新聞社出版グループ
2021.12.13
ラーメンの始まりについては諸説あるが、明治30年代頃に、横浜の南京街(現在の中華街)で食べられていたのは間違いないようだ。横浜生まれの劇作家、長谷川伸(1884~1963年)は自伝「ある市井の徒」で、若き日の思い出の味を記し、その中に「ラウメン」が登場する。
〈ラウメンは細く刻んだ豚肉を煮たのと薄く小さく長く切った筍(たけのこ)が蕎麦の上にちょッぴり乗っている〉
行きつけは「遠芳楼」。南京街にあり、1杯5銭だった。同じような店はほかにもあったようだ。長谷川は続ける。〈これがたいした旨さのうえに蕎麦汁もこの上なし〉。この「ラウメン」は横浜の外に飛び出していく。そして、あまり語られることはないが、九州のラーメンにも影響を与えることになる。
「創業者が『南京街で流行しとる』と聞いて、現地で食べ歩いたらしかです。当時は『支那そば』と呼びよったみたい」
かつて、豚骨ラーメン発祥の店として知られる屋台「南京千両」(福岡県久留米市)を取材したことがある。その際、店の始まりについて宮本チエ子さん(81)がそう教えてくれた。(写真:刻まれた豚肉、シナチクがのる「南京千両」のラーメン=筆者撮影)
創業者とは宮本さんの義父にあたる時男さん。昭和の初め頃に「たぬき」という屋台を引いていたところ、うわさを聞きつけて横浜に向かい味を覚えた。久留米に戻って研究を開始。出身地である長崎のちゃんぽんを参考にしながら豚骨スープを作り上げたという。
1937(昭和12)年、支那そばをメニュー化したのを機に屋号を「南京千両」に変えた。ちなみに名の由来は、同年に日本陸軍が南京を占領したから。陸軍の師団司令部があった軍都久留米はそれほど沸いたのだろう。
長谷川同様に、久留米の人々は珍しい味に飛びついた。南京千両が先鞭をつける形でラーメン文化が華開く。今では「久留米ラーメン」という確固たるジャンルも出来上がっている。
久しぶりに南京千両を訪ねた。2年ほど前から屋台は休業中で、市内の店舗のみで営業する。変わらずに働くチエ子さんにラーメンを頼んだ。スープの白濁具合は控えめ。細かく刻んだ豚肉とシナチクがのる。長谷川が書いた「ラウメン」をほうふつとさせる見た目に、「うちは昔からこうよ」とチエ子さん。
久留米ラーメンは濃厚な味で知られる。ただ南京千両の一杯は違う。しょうゆがかったスープはあっさり。合わさる中太ちぢれ麺は九州では珍しいタイプだ。あっさりがゆえ、気付けばするりと胃袋に収まっていた。
ラーメン界を見渡せば、近年のれんを下ろす老舗が目立つ。南京千両も屋台の明かりを消してしまった。それでも店舗には「創業昭和十二年」と染めたのれんを掲げ、チエ子さんは今日も働く。歴史を背負いながら。
筆者の小川祥平(おがわ・しょうへい)さんは1977年生まれ。西日本新聞社ビジネス編集部次長。著書に「ラーメン記者、九州をすする!」(西日本新聞社刊)
(Kyodo Weekly・政経週報 2021年11月29日号掲載)
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