ハレとケの日のごはん 漫画の森 小岩くぬぎ 漫画愛好家
2021.11.29
人がグルメ漫画に期待するものはさまざまだろうが、基本は「人生に不可欠な食という要素をポジティブにとらえている姿が見たい」ではないか。その点「今夜も割りカンで」(全2巻、高田靖彦/幻冬舎コミックス)はやや異色作。食べることにさほど貪欲ではない主人公に、それでもやってくるハレとケの日のごはんを地道につづった、いかにも渋い作品である。(写真はイメージ)
主人公の若手弁護士、武尾恵蔵は純正の外食派。とはいえなじみの店以外に積極的に足を運ぶことはまずない。夕食は軽食喫茶に日参し1種類だけの「宵の口定食」を頼み、昼食はやはり行きつけのおにぎり店で「いつもの(シャケ、おかか、こんぶとみそ汁)」を購入、職場のデスクで食べる。
3年前、たった一人の姉と死別した恵蔵は、実のところまだ立ち直っていない。くだんの軽食喫茶の娘にして姉の友人だった小堀結希が、何かと彼を気にかけ食事に連れ出すも、いまだ生命力減退期の恵蔵にとってはいささかありがた迷惑だ。なおかつ亡き姉とは正反対の、華やかなタイプである結希に気おされ気味。彼女の配慮が威嚇のように思えるときもある。「ごまかしはトラブルの元、(食事の誘いは)次からきっぱり断ろう」と決意するありさまで、グルメ漫画主人公としての「任務」を果たしおおせるのか心配になってくる。
状況に変化が生じるのは第6話からだ。長い付き合いのクライアントに立て続けに去られてしまった恵蔵は、自分から結希に連絡を取って焼肉店に誘う。ロース2人前を白飯でかき込む様子はまぎれもなくヤケ食いなのだが、目の前の食べ物をそしゃくし、飲み下し、熱量とするのだという強い意志の具現化にも見える。恵蔵の、かたくなさと表裏一体の篤実さがうかがえる場面だ。
またこのときの結希がいかにも頼もしい。飲食店との距離感は恵蔵の二枚も三枚も上、彼からの苦手意識をわかっていながらさらりといなし、蒸し返すこともない。2人メシの相手としては最高とさえ思えるが、この場面だけで、2人をほれた、はれたの関係にする意図が作者にないことも伝わってくる。
2巻に入るとさらなる変化が恵蔵に降りかかる。まず御用達の軽食喫茶が店主負傷で休業。代替の夕食を捜す際に見せる、ささやかな柔軟性がほほ笑ましい。「いつもの」以外を買うようになっていたおにぎり店では、残り一つの海老天むすを争ったことから柔道整復師の迫千代理と知り合う。恵蔵と結希、千代理の関係は、ありきたりな対立構造にはならず、ひねりが効いたほろ苦い様相を呈する。
スポーツ用品メーカー勤務の結希のほうが、かつてプロゴルファーで、早期引退を迫られた千代理をよく知っていたのだ。やがて結希に地方異動の内示が出、恵蔵の日常は大きな曲がり角を迎える。
実は、本作には実在の飲食店を複数登場する。それら店が作品から浮かずに、背景としてなじんでいるところが好ましい。利用客が絶好調でもそうでなくても、淡々と仕事を果たして食事を供する姿が、主旋律の背後に流れる伴奏のようである。人生の山と谷に影響され、玉突き状態で揺れ動く食。人の再生を促すのも、寄せては返す波のような生活の繰り返しであり、食はその生活の一部だと言える。
(Kyodo Weekly・政経週報 2021年11月15日号掲載)
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