食べ物語

先輩と食べた生サバ  「ごまさば」と「ゴマサバ」    眉村孝 作家

2021.11.15

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先輩と食べた生サバ  「ごまさば」と「ゴマサバ」    眉村孝 作家の写真

 「博多は初めてなのか。それなら同窓生に声をかけるから、博多駅近くの『はじめの一歩』という海鮮居酒屋に行こう。ゴマサバがうまい店だから」

 2000年代半ばのこと。私は福岡市を訪れることが決まると、北九州市在住の学校の先輩Fさんに電話した。10歳も上だが、ふとしたきっかけで知り合うと時々声をかけてくれるようになった。季節は晩秋。この時期の福岡は何を食べてもおいしいらしい。地元出身のFさんとならよい店に行けるかもしれない。そんな甘えから連絡したのだ。

 「ゴマサバ」と聞いて、つばが出た。その10年ほど前、高知に赴任したとき、ゴマサバを刺し身や、表面をあぶった焼き鯖の形でよく食べていたからだ。高知でしか楽しめないと思っていた、あのゴマサバを福岡でも食べられるのなら、願ったりかなったりだ。

 店の個室に先輩や後輩がそろう。しばらくすると、大皿にのったお目当てが運ばれてきた。だがそれは期待したものとは違っていた。生のサバの上に、すりごまと細かく刻んだ細ネギがのっている。しょうゆベースと思われるたれもかかっている。

 しかも肝心のサバがゴマサバではなくマサバだった。ゴマサバには表面に斑点があり、見た目から市場ではマサバより一段低く評価されやすい。「いや、ゴマサバのうまさはマサバに勝るとも劣らない」。それがいごっそう(頑固者)の土佐人から教わったことだった。そこまで考えたところで、Fさんが話したのは品種ではなく「料理のごまさば」であることに気づいた。

 一瞬ため息をついたが、初めての料理を先入観で切ってはもったいない。早速一切れを口に入れた。脂がのったサバに博多の細ネギとゴマや九州特有の甘口しょうゆのたれが絶妙な具合でからみ合う。新鮮な生サバの味を、さらに奥行きの深いものにしている。「な、うまいだろ」とFさん。私は大きくうなずいた。(写真:「はじめの一歩」(福岡市博多区)のごまさば=筆者撮影)

 サバの生食が信じられない人もいるだろう。サバの内臓には寄生虫のアニサキスがいるからだ。だがアニサキスの種類は日本海側と太平洋側とでは異なり、日本海側の種類は内臓から筋肉へ移りにくい。そのため、福岡では生サバを食べても食中毒を起こす人は少なく、刺し身やごまさばを好む食文化が根付いたという。

 後に私は博多で数年間、暮らすことになる。福岡にはごまさばを売りにする店が数多くあり、店ごとに合わせる野菜、たれの味、盛り方が異なることを知った。それぞれに良さがあり、どこが一番とは言い難い。メニューにごまさばを見つけるたびに注文し「今度はどんなものか」と胸を躍らす日々が続いた。

 昨年末、私をごまさばに導いたFさんがふいに逝った。これからも福岡へ行けばごまさばは食べられるだろうが「な、うまいだろ」と得意げに語りかける人はもういない。

(Kyodo Weekly・政経週報 2021年11月1日号掲載)

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