迫力満点の「萌え断」 人気のマリトッツォ、フルーツサンド 畑中三応子 食文化研究家
2021.08.16
久しぶりにイタリア生まれのスイーツがブームになっている。名前は「マリトッツォ」。ティラミスやパンナコッタほど覚えやすくないのが難点だが、今年の2月頃からまず京阪神で人気が出て、5月には全国的に知られるようになり、あっというまにコンビニやスーパーでも扱われるほど普及した。
マリトッツォの語源はイタリア語で夫を意味する「マリート」で、かつて指輪をなかに隠して未来の妻に贈る習慣があったとか、労働で疲れた夫のため妻が用意したとか由来には諸説があり、起源は古代ローマ時代にさかのぼるという。
その正体は、甘い菓子パン。首都ローマのあるラツィオ州を中心にイタリア中部で作られ、土地によってレシピや形が変わるが、全体にふわふわと軽くて弾力があり、蜂蜜やレーズン、松の実を練り込むこともあるリッチなパンである。
日本でいま広まっているのは、ローマスタイル。具を練り込まないプレーンなパンにクリームをサンドしたものだ。イタリアでは朝から甘いお菓子を食べる人が多く、マリトッツォとカプチーノはローマっ子が大好きな朝食メニューである。クリームの量が多いため、カロリーはかなり高い。
ローマではコッペパン形と楕円形が多いのに対して、日本では真ん丸パンの横に切れ目を入れて生クリームをパンパンに詰め、上に粉砂糖をふるのが定番になった。こうすると大きな口で笑っているように見えて、コロンとした姿が実にかわいい。
よく考えると単純な組み合わせの菓子パンだから「生クリームサンドとどこが違うの?」と突っ込みたくなるが、なによりSNS映えがすること、加えてイタリアからやって来たというおしゃれ感が、急速にブーム化した理由だろう。
また、単純なだけにパンもクリームもアレンジがしやすく、店ごとの独自性が出しやすい。実際に、メロンパンやシフォンケーキを使ったもの、マスカルポーネチーズやカスタードでコクを出したり、フルーツで風味付けしたりしたクリームが登場している。クリーム部分に果物をトッピングするのも盛んだ。ベーカリーにとってはブリオッシュやスイートロールなど、すでにあるパンを活用できて便利な商品でもある。
(「萌え断」のフルーツサンドと笑い顔のようなマリトッツォ=筆者撮影)
もうひとつ、SNS映えでブームになっている菓子パンが「フルーツサンド」である。従来は食パンの両面に生クリームを塗り、薄切りの果物(イチゴ、バナナ、缶詰のモモなど水分が少ないもの)を並べて挟むもので、繊細で上品なサンドイッチだったが、現在ブーム中のものはまったく違う。果物の断面が丸ごと見えるくらい分厚くて、迫力満点なのが特徴だ。
食べ物の美しい断面は「萌え断(もえだん)」あるいは「断面萌え」と呼ばれ、SNSで注目が集まりやすい。数年前に流行した「おにぎらず」もそのひとつで、真横から見ると映えるマリトッツォも仲間だといえる。なかでも代表的な萌え断がサンドイッチ全般で、とくにフルーツサンドは華やかさで群を抜いている。
SNS全盛の今日では見た目のインパクトが強いことが流行の必須条件になった。ただし、やりすぎは禁物。味のバランスや食べやすさを無視して極端に走らないでほしいと思う。
(Kyodo Weekly・政経週報 2021年8月2日号掲載)
最新記事
-
明治大正期に大衆化 郷愁感じる「縄のれん」 植原綾香 近代食文化研...
外の空気が冷たくなってくると、赤ちょうちんの情景が心に浮かび、手狭で大衆的な居...
-
何個も食べられる甘さ加減 あばあちゃんのおはぎ 眉村孝 作家
宮崎駿監督のアニメ「となりのトトロ」で、サツキ・メイ姉妹の一家が田舎へ引っ越し...
-
おおらかに味わうシメの1杯 「元祖長浜屋」のラーメン 小川祥平 登...
古里の福岡を離れた学生時代、帰省の際は旧友とたびたび街へ繰り出した。深夜まで痛...
-
指なじみと口触りで変わる味 飲食店の割り箸の歴史 植原綾香 近代食...
マレーシアに赴任した大学の友人から電話がきた。マレー料理のほかにも中華系の店も...
-
街ごと楽しむ餃子 宇都宮で「後は何もいらない」 眉村孝 作家
6月下旬の週末の夕方。宇都宮市に単身赴任中の先輩Zさんと合流すると早速、JR宇...
-
東京にある「古里の味」 73年から豚骨ラーメン 小川祥平 登山専門...
京都小平市の西武鉄道「小川駅」から歩く。近づくにつれて漂ってくるにおいに「あれ...
-
あめ色に煮込んだカキ 宮城・浦戸諸島の味 小島愛之助 日本離島セン...
日本三景の一つである宮城県・松島湾に浮かぶ浦戸諸島、250を超える島々で形成さ...
-
特別なキーマカレー 利根川「最初の1滴」食べた 眉村孝 作家
「利根川の最初の1滴をくみ、みんなで朝のコーヒータイムを楽しみませんか」。こん...
-
戦火のがれきからよみがえった酒 沖縄、百年古酒の誓い 上野敏彦 記...
県民の4人に1人が犠牲になった沖縄戦。今年の5月15日は沖縄が日本に復帰して5...
-
カフェー情緒が濃厚だったころ 版画「春の銀座夜景」に思う 植原綾香...
仕事を終えて外にでると、蒸した空気に潮の香りが混ざっている。夏が来たと思う瞬間...