春到来、花を食す 山下弘太郎 キッコーマン 国際食文化研究センター
2021.03.29
(写真はイメージ)
今年もはや3月弥生になり春の訪れを感じます。朝の通勤で小さな変化がありました。車窓から眺める江戸川の土手が菜の花の黄色に染まり始めました。
そういえば先日は、菜の花のおひたしが夕食に登場しました。菜の花が食用として登場するのは意外に古く、飛鳥時代には花芽が食用にされたという記録があります。戦国時代には「油菜」の表記もみられ、以降江戸時代には菜種油を取るための栽培が主となりますが、明治以降に再び食用としての需要が拡大します。
第2次世界大戦後、食用、搾油の両用途として昭和30年代に栽培のピークを迎えますが、その後は輸入ものに押され栽培に手もかかることから減少の一途をたどり、平成13(2001)年を最後に農林水産省の作付面積、収穫量調査から外れています。
しかし、日本の四季を彩る食材として、秋の菊花、冬の春菊と季節をつないで春の味覚としての菜の花の存在は忘れてはならないものでしょう。
植物の葉や実とともに花を食べることは意外に奥深い世界です。エディブルフラワーの呼称で食用花の市場は一つのカテゴリーを築いています。
驚いたことにキンギョソウやベゴニア、ダリア、ナデシコなども食用花として取引されています。これらのエディブルフラワーが家庭の食卓にのることはまだ一般的ではなく、レストランなどで盛り付けの彩りのひとつとして使われることが多いようです。
外食といえば忘れてはならない食用花があります。穂紫蘇です。さしみのツマとしてわさびやつま菊とともに添えられている紫の小さな花が穂紫蘇。しょうゆにあわせてさしみを食べると華やかな味わいになります。
イタリア・ミラノの生鮮市場でも花が付いたままのズッキーニやFiori Comm estibili(食用花)が売られていました(写真:2015年、筆者撮影)。食用というわけではないのですが、中国の花茶や工芸茶(茶葉の中に仕込んだ乾燥花がお湯の中で水中花のように開く)も花をお茶として見た目と味を楽しむという意味では同じかもしれません。
「花は食べたことがないなあ」と思っている方もいると思いますが、実はブロッコリーやカリフラワー、ミョウガなども花なのです。食べたことがありますよね。
まさに旬の盛りを迎えているフキノトウも忘れてはいけません。フキノトウもフキの花。おひたしや天ぷらだけではなく、フキミソにしてもおいしい春を代表する味覚です。フキノトウも縄文時代から食べられていたといいます。菜の花もフキノトウも私たちのDNAに刷り込まれた季節の記憶の味なのかもしれません。
(Kyodo Weekly・政経週報 2021年3月15日号掲載)
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