食べ物語

もう一つのしょうゆ、魚醬  山下 弘太郎 キッコーマン国際食文化研究センター

2021.02.22

もう一つのしょうゆ、魚醬  山下 弘太郎 キッコーマン国際食文化研究センターの写真

 暦は立春を過ぎましたが、まだまだ寒い日が続きますね。特に日本海側は雪が多くて大変な思いをされていると思います。数年前、金沢を訪れた時にタクシーの運転手さんから「最近は雪が降らなくなった」と聞いていたのでニュースを見て驚きました。温かいものを食べながら乗り切りましょう。

 貝焼きや鍋など、北陸の郷土料理を支える食材の一つに石川県の「いしる」があります。これは魚介類を塩漬けにして発酵させた魚醬(ぎょしょう)の一種で、魚汁から「いしる」になったといわれています。スルメイカの内臓を18%程度の食塩水で仕込み、2年ほどかけて発酵熟成させます。

 イカのイメージが強いですが、イワシやサバ、アジなども使われることがあるそうで、イワシの場合は食塩水と合わせこうじ、酒かすなどを加えて1年程度の発酵熟成でできるとのこと。江戸時代の後期には成立していたとの伝承もあり、地域によっては「よしる」の名称で親しまれています。年間の生産量は約250㌧、全国的にも知られるようになってきました。

 日本には3大魚醬と呼ばれるものがあるのですがご存じですか。石川県の「いしる」の他に秋田県の「しょっつる」と香川県の「いかなご醤油」です。

 しょっつるは秋田の県魚であるハタハタを原料に江戸初期からつくられてきました。塩魚汁が転じてしょっつるになったといわれています。ハタハタは資源量減のために一時、全面禁漁になった時期もありましたが、現在は回復し、生産量も年間約100㌧あります。

 いかなご醤油は香川県の郷土産品です。瀬戸内海東岸沿岸部の郷土料理に「いかなごのくぎ煮」がありますが、同じいかなごを使ってつくられる魚醬です。1950年代に一時生産が途絶えたそうなのですが、近年は再び生産されるようになっています。

(写真:生春巻きのタレに使われるタイのナンプラーも魚醤の一種=筆者撮影)

 いしるやしょっつるが郷土料理と結びついているのと異なり、いかなご醤油は戦時中も代用醤油として使われるなど普通のしょうゆと同じように使われてきました。一時期生産されなくなったのもそのような位置づけだったからかもしれません。

 ところでしょうゆの中で魚醬はどのような位置づけにあるのでしょうか。しょうゆの日本農林規格(JAS)では「(前略)大豆及び麦、米等の穀類(中略)を蒸煮その他の方法で処理して、こうじ菌を培養したもの(中略)を発酵させ、及び熟成させて得られた清澄な液体調味料(後略)」がしょうゆであるとされています。

 つまり魚介類を原料とした魚醬は、JASの分類上はしょうゆに含まれないということになります。しかしながら、いかなご醤油がそうであったようにしょうゆと同じように使われてきたのですから、それぞれの地域に思いをはせ、その独特の風味を味わいながら春を待つのも楽しいと思います。

(Kyodo Weekly・政経週報 2021年2月8日号掲載)

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