食べ物語

新しい年を迎える味  山下弘太郎 キッコーマン国際食文化研究センター

2021.01.11

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新しい年を迎える味  山下弘太郎 キッコーマン国際食文化研究センターの写真

 新しい年が始まりました。今年もどうぞよろしくお願いいたします。

 世界でも日本でも、生活に大きな変化があった2020年、いつもとはちがう年末年始を過ごされた方も多いのではないでしょうか。帰省や旅行を控え、自宅で年取りをという家庭も多かったらしく、おせち料理の予約が好調というニュースもありました。手作りに挑戦したという方もいらっしゃるかもしれません。

 日本の食文化の話題としてよく取り上げられるのがお雑煮です。

 丸餅か角餅か、しょうゆ仕立てかみそ仕立てか、具材は何かなどによって多彩なバリエーションが全国に存在することが知られています。おせち料理についてもお重に何を詰めるか、昆布巻きの中身は何かなど地域による特色があり、郷土料理の代表的な例とされています。

 正月の料理は何かと話題になるので、今回は大みそかの料理である「お年取り」に注目してみました。大みそかの食事というと年越しそばがまず思い浮かびますが、「年取りの膳」あるいは「年越しの膳」といってごちそうを食べる風習は日本全国に見られます。

 かつて日本ではかぞえ年といって生まれた年を1歳として、正月を迎えるたびに年を取ってゆくという数え方をしていました。そのために大みそかに「年取りの膳」が食べられてきたといわれています。

 そのメインになるのが「年取り魚」。これについてあまたある論文に共通するのは「東の鮭、西の鰤」という構造です。鱈、イワシ、サンマ、鯛などを食べる地方もあるのですが少数派で、鮭と鰤が定番を二分している状況です。(写真:ブリの塩焼き=筆者撮影)

 その境界にあるのが糸魚川静岡構造線、フォッサマグナです。この地形的な分岐点が食文化の境界線でもあることは多くの研究者が指摘していますが、年取り魚もまたこの例にもれません。

 鮭は「栄える」という言葉にかけてあるとか、鰤は出世魚(成長するに従って呼称が変わる)だからだとか、いわれはあるようですが、なぜこのような境界ができたのでしょうか。

 一説では鮭の遡上する川の有無が関係しているそうです。江戸時代の舟運も関係しているかもしれません。北前船の主要な港であった富山は鰤の水揚げでも有名です。昆布などとともに西に広がる一方、北海道などの鮭が東回り廻船で太平洋沿岸に広がったという可能性もあります。

 ちなみに私の故郷である長野県では面白いことになっています。長野県を縦に東西に分けると、大まかにですが、西側は鰤、東側は鮭ということになります。長野の西側は、富山から飛騨高山、さらには野麦峠を越えて信州松本までの道を鰤街道と呼ぶことがあります。東側はというと、北国街道で新潟から塩引き鮭が関東まで運ばれていました。見事に江戸時代の流通の痕跡が食文化に残されているわけです。

 そして迎えた2021年新春、気持ちも新たに希望の持てる1年にしていきましょう。

 (Kyodo Weekly・政経週報 2021年1月4日号掲載)

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