食べ物語

日本の秋の味覚  畑中三応子 食文化研究家

2020.10.19

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日本の秋の味覚  畑中三応子 食文化研究家の写真

 サケが産卵のため、生まれ故郷の川に戻ってくる季節がやって来た。今では1年中いつでも出回るようになったサケだが、本来の旬は秋だ。(写真はイメージ)

 古来、日本ではサケといえばシロザケを指していた。太平洋岸では千葉県、日本海側では山口県以北の河川に遡上する。日本海側は新潟県以南になるとサケの数が少なくなり、ブリが多く獲れるようになるため、フォッサマグナ(糸魚川〜静岡構造線)を境に、正月に食べる祝い魚によって北側はサケ文化圏、南側はブリ文化圏に分類される。

 漁獲量の8割以上が水揚げされる北海道では、アキアジの名前で親しまれてきた。アイヌ語で秋の魚を意味するアキアチップに由来するとも、秋を代表する味の意だともいわれる。アイヌの人々は、サケをカムイチェプ(神の魚)、シペ(真の魚)と呼び、シカと並ぶ重要な動物性タンパク源として活用した。

 ところで、サケとマスは別の魚と思われていないだろうか。実はどちらもサケ科サケ属に分類され、生物学的には同じ魚である。サケが秋に遡上するのに対し、サクラマス、サツキマスの和名が示すように、マスは春から初夏に遡上する。

 だが、北海道で夏から秋にオホーツク海沿岸の川をさかのぼるカラフトマスもいるから、ややこしい。英語ではサケ・マス類のうち海に出る仲間をサーモン、一生を淡水で暮らす仲間をトラウトと区別しているが、こちらにも例外はある。日本原産のトラウトにはイワナ、ヤマメ、イトウなどがいる。

 川をさかのぼりはじめるとサケは餌を食べなくなって身が痩せるため、その直前に沿岸で獲るが、マスは餌を食べながらゆっくりと上流に向かうので、川で獲っても脂がのっていておいしい。富山名物の鱒ずしは、サクラマスが豊富だった神通川流域で発達した郷土食である。

 北海道と東北、新潟には、シロザケを使った郷土料理が豊富にある。なにより素晴らしいのは、頭の先から尻尾まですべて利用できることと、塩蔵加工によって日持ちのよい保存食になったことだ。塩鮭と白い御飯の取り合わせは、国民食といってよいのではないだろうか。

 カラフトマスも以前は塩鮭の原料に使われたが、身が柔らかい特性を生かし、現在はサケ水煮缶に加工されることが多い。

 食卓に欠かせなかったサケだが、近年は分が悪い。日本人の嗜好が、外国産のサーモンに向いてしまったからだ。きっかけは、80年代から生食ができる養殖のアトランティック・サーモン(大西洋サケ)とサーモン・トラウトの輸入が活発になったことだ。

 後者は海面養殖した大型のニジマスで、トラウト・サーモンとも呼ばれる。両種ともシロザケより脂が多いので、刺身やすしネタとして急速に人気を得た。

 並行して、チリ産の養殖ギンザケが大量に輸入されるようになった。値段が安いのと、脂肪が多く柔らかい食感が現代人の好みに合って、今ではスーパーに並ぶ塩鮭の大半がチリ産ギンザケになってしまった。

 30代以下の世代にとっては、サケよりサーモンのほうが身近な食材かもしれないが、せっかく新鮮な生のシロザケが手に入る時期だ。塩焼きやバター焼き、鍋料理などで、輸入サーモンにはないあっさりとした日本の秋の味覚を楽しみたい。

(Kyodo Weekly・政経週報 2020年10月5日号掲載)

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