刺身で味わえるサバ 小島愛之助 日本離島センター専務理事
2020.07.27
鹿児島県の屋久島は鹿児島市から約135キロメートル、九州本土最南端の佐多岬から約60キロメートルに位置する島である。太平洋と東シナ海に囲まれ、黒潮と親潮がぶつかる海域があり、年間を通して温暖な気候に恵まれている。
屋久島の特徴は何といっても雨量の多さであり、林芙美子さんの「浮雲」に「屋久島は月のうち、三十五日は雨といふ位でございますからね」と書かれたほどである。林芙美子さんが屋久島を訪れた春には「木の芽流し(木の芽を流してしまうぐらい強い雨)」という言葉があるくらい強い雨が長く降ることがあり、この長雨によって照葉樹林の新緑が日一日と鮮やかさを増していくことになる。
1993年、屋久島は白神山地(青森・秋田)とともに世界自然遺産に日本で初めて登録され、これを契機として観光立島への道を歩み始めることになる。屋久島観光の主力は何といっても九州最高峰を誇る宮之浦岳をはじめとする登山であり、縄文杉や白谷雲水峡などを巡るトレッキングということになるであろう。
しかし屋久島は、本土と架橋で結ばれていない島の中では、わが国で4番目に大きいので、離島観光の特徴である「海を楽しむ」ことも忘れてはならない。
そこで、今回ご紹介するのが、屋久島近海の海の恵みの一つ、「首折れサバ」(写真:屋久島町提供)である。脂ののったおいしさはもちろんのこと、タンパク質や鉄分に加え、免疫力を高めるといわれるビタミンB2などの栄養素も豊富な魚「サバ」は鮮度の落ちが速く、一般的には生食に適さないといわれているが、鹿児島県には刺身で味わえるサバがある。鹿児島県で取れるサバの多くはゴマサバで、一般的なマサバに比べて脂肪分が少ないのが特徴である。
そのゴマサバを一本釣りで釣り上げた直後に首を折り、すぐに血抜きをして氷水で冷やし、とれたての鮮度をキープしたものが「首折れサバ」である。臭みがほとんどなく身の締まった刺身が味わえるが、その透明感のある身は薄い赤色でプリプリとした弾力性に富み、食通の間では「タイやヒラメにも優る逸品」として高い評価を得ている。
ただ、現在は漁獲減の影響や担い手不足などから屋久島島内で消費されるのがほとんどとなり、いわゆるブランドサバとなっている、まさに地産地消の典型ともいえる産品である。
「首折れサバ」の故郷は、屋久島北部に位置する一湊という集落にある一湊漁港。屋久島では宮之浦、安房、栗生と並ぶ大きな漁港である。
一湊は明治時代からサバ漁が盛んであり、ゴマサバの一本釣りによる漁が行われていた。水揚げされたゴマサバの多くは、屋久島の特産品としても名高い「サバ節」として加工されていたが、一湊の漁師たちは地元のサバを生で食べるおいしさを知っており、そのための鮮度維持の工夫が「首折れ」だったのである。
「首折れサバ」の魅力は、生で食べているというのに歯ごたえを感じる食感だという。観光が復活した暁に、来島の機会があれば、ぜひ味わっていただきたい一品だ。
(KyodoWeekly・政経週報 2020年7月13日号掲載)
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