急がれる治療薬開発 「国民病」の認知症 高額薬価が課題 楢原多計志 福祉ジャーナリスト
2024.12.30
厚生労働省の推計によると、2060年には高齢者の約3人に1人が認知症か、その前段階の軽度認知障害(MCI)になるという。政府は予防と認知症の人との共生を国民に促しているが、現時点で、認知症の進行を抑える承認済みの治療薬は日本国内で2品だけ。いずれもМCIと軽度の人に限られ、中重度の治療薬はまだ開発段階にある。「国民病」である認知症の予防と治療薬の開発が急がれている。
3人に1人が認知障害に
ことし5月、厚労省は65歳以上の認知症高齢者の将来推計を発表した。2022年時点では約443万人(有病率12・3%)だったが、団塊ジュニア世代が全員65歳以上になる40年には約584万人(14・9%)、60年には約645万人(17・7%)になるという。
厚労省は「生活習慣病の予防など健康意識が高まったため前回の12年推計と比べ認知症の割合が少し下がっている」と説明したが、深刻な状況は変わっていない。
MCIは、記憶力の低下などがみられるものの、買い物や洗濯などの日常生活には支障がない状態を指し、認知症の一歩手前の「認知症予備軍」と位置付けられている。
推計では、22年は約558万人(15・5%)だったが、40年に約612万人(15・6%)、60年には約632万人(17・4%)になる。
認知症とМCIを合わせると、実に約3人に1人が認知機能に何らかの障害が出てくることになり、医療・介護サービスの不足が懸念されている。
12月6日、政府は「共生社会の実現を推進するための認知症基本法」(1月施行)に沿って基本計画を閣議決定した。認知症の人を支えることだけではなく、誰もが認知症になり得ることを前提に、認知症になっても希望を持って地域で生きることができる社会を実現させるという意識改革「新しい認知症観」の必要性をアピールしている。
具体策として、介護サービスなどの拠点となっている地域包括支援センターや、医療機関が連携して認知症やМCIの早期発見や早期対応につなげて、発見から診断後までの支援などを一貫して行うモデル事業の実施などを盛り込んだ。
しかし、課題は多い。まず認知症とМCIの正確な診断方法や対処方法を確立しなければならない。また全国各地に医療・介護、障害福祉サービスなどの連携システムを構築する必要がある。国民の間で認知症に対する誤解や偏見が残っており、認知症の正しい知識の普及も急がれている。
薬は二つだけで高価
現在、日本で販売承認されている認知症治療薬の多くは、認知症の進行を遅らせたりするもので、進行そのものを抑える治療薬は、日本のエーザイと米国のバイオジェンが共同開発した「レケンビ」(一般名「レカネマブ」)と、米イーライリリーの「ケサンラ」(同「ドナネマブ」)の2品のみ。どちらも脳内にたまったアミロイドβを取り除いてМCIや軽度のアルツハイマー型認知症の進行を抑制する点滴薬。
有効性について欧米諸国で「臨床結果が明確ではない」と異論も出ているが、患者サイドからみた最大の問題は薬価が極めて高いことだ。
レケンビは200ミリグラム1瓶が4万5777円。体重50キロの患者に1年間に26回投与すると、約298万円もかかる。ケサンラは350ミリグラム1瓶6万6948円。同じ体重の患者が1年間投与すると、約308万円になる。
もっとも、健康保険などの公的医療保険には患者負担を一定額に抑える「高額療養費制度」があり、レケンビで3割負担の場合、原則、自己負担は5万7600円、4回目以降は上限額4万4400円の支払いで済む。差額は健康保険や国民健康保険などの保険者が負担する。
レケンビを国内販売しているエーザイは、販売ピークを31年度として患者を約3万2千人、986億円の売上高を見込んでいる。ケサンラの日本イーライリリーはピークを34年度、約2万6千人、売上高を796億円と予測している。
保険財政を圧迫
東京都内の私立大学医学部付属病院の事務長は「通院している患者や家族からの相談が増えており、今後、利用が急速に増える可能性がある」と話した。
ここ数年、高額な医薬品が相次いで販売され、医療費の増加の大きな要因にもなっている。健康保険組合連合会(健保連)が公表した22年度の高額レセプト(診療報酬明細書)の上位100件をみると、うち88件が高額医薬品の使用によるものだ。
最も高額だったのは脊髄性筋萎縮症の治療薬「ゾルゲンスマ」の1億6708万円で9件。次いで白血病などの治療に用いるCAR│T細胞療法「キムリア」3265万円の63件だった。
健保連は「限りある保険財政を考え、高額医薬品の薬価を大胆に引き下げるべきだ」と政府に訴えているが、メーカー側は「莫大(ばくだい)な開発コストがかかっており、引き下げは死活問題だ」と猛反発。25年度の薬価改定を控え、激論が続いている。
(Kyodo Weekly・政経週報 2024年12月16日号掲載)
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