ほど良い距離感のある「適疎」な町 沼尾波子 東洋大学教授 連載「よんななエコノミー」
2024.10.28
北海道東川町で「適疎」という言葉を聞いた。過疎でもない過密でもない。適度な「疎」があるということなのだろう。
この「適疎」について、前町長の松岡市郎氏は「東川らしい暮らしというのは、〝疎〟があること、つまり間(ま)があることだと思います。都市とは違うゆとりのある空間と時間、そして顔の見える仲間との関係性があることが、これからの暮らしの豊かさになるのではないでしょうか」と語っている。
確かに東京都心を歩いていると、限られた空間にビルが林立する。ストレスを感じながら、混雑するエレベーターや通勤通学の電車に乗り込むが、隣り合わせた人のことはわからない。イヤホンで音楽を聴き、スマートフォンを覗(のぞ)くことで、かろうじて周囲に仕切りをつくる。物理的には密集しているが、気持ちのうえでは距離を取ろうとするアンバランスの中で日常が回る。
だが、東川町ではその距離感が全く異なる。住居と住居の間にはゆったりした空間があり、そこは豊かな木々の緑や芝が覆われている。道路は極めて開放感があり、自動車や自転車で走っていて気持ちがよい。北欧を訪れたことのある学生は、フィンランドやスウェーデンの町のようだと言った。
人と人との距離感も心地よい。人口約8千人の東川町には、顔の見える関係がある。買い物をしていると「どこから来たの?」と話しかけられる。地元の方に「どんな町ですか?」と尋ねると、地域の魅力や暮らしを素朴に語ってくれる。
ある移住者の方は、「必要に応じて助け合えるような関係がある。でもそれほど深く関わって、相手を拘束するようなこともあまりない。いろいろな考え方の人がいる中で多様なコミュニティーがあり、それぞれ役割を果たしながら参加できるような適当な距離感の関係がある」と語る。
東川町が2022年に出した「ゼロカーボンに取り組む適疎な町宣言」では、「顔が見え、挨拶を交わし、会話が弾む、自分らしく生きるための仲間・時間・空間がある『適疎な町』づくり」が謳(うた)われている。東川町は、「写真の町」、国際化、農業や木工産業振興など、さまざまな施策を展開するが、そこには常に「適疎」を意識した取り組みがある。
学生と4日間にわたり町を巡り、人々と交流した。最終日に参加学生の3人に1人が「自分は本当に今の内定先に就職して良いのか考えさせられた」と語った。この町で暮らしたいという学生もいた。
国土形成計画では「若者世代や女性に開かれた魅力的な地域づくり」の推進が謳われており、政府は二地域居住の促進に向けた体制づくりも進めている。
町の人口はこの四半世紀で約2割増加した。自分はどんなふうに暮らしたいのかを問い続けながら、他の人との距離や、地域の関係を豊かに保てるような町に人が集まるのだと感じる。
(Kyodo Weekly・政経週報 2024年10月14日号掲載)
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