くず餅あれこれ 畑中三応子 食文化研究家 連載「口福の源」
2024.10.14
和菓子の「くず餅」には2種類ある。一つはくず粉に砂糖と水を加え、火にかけてとろみが出るまで練り、冷まして固めるだけとシンプル。光沢のある透明感が涼しげで、つるっと喉越しがいい。室町時代にはすでに茶会などで供されていたらしい。(写真:亀戸「船橋屋」のくず餅。黒蜜ときなこをかけて食べるのはどの店も共通、筆者撮影)
くずは全国の山野に自生するマメ科の多年草で、秋の七草の一つ。根のでんぷんを精製したくず粉は奈良県吉野地方が名産地とされ、くず粉のくず餅は関西を中心に親しまれてきた。ただ、くず粉は高価なため、現在ではもっと安価なでんぷんやゲル化剤を併用した製品が多い。
一方、東京中心に見られるくず餅は、くず粉を使わず小麦粉で作る。やや黒みがかった乳白色の板状で見るからに素朴。発祥は江戸時代後期とされる。当時は上方からの到来菓子が珍重されたので、コピー食品として編み出されたのかもしれないが、即席で作れる本家とは違って手順は段違いに複雑。江戸の料理は見た目が地味でも、見えないところに手間をたっぷりかけたといわれるが、くず餅はその典型だ。
伝統食品の麩(ふ)と東京のくず餅には、深い関係がある。小麦粉に水と少量の塩を加えてよくこね、水洗いすると、粘りの強いたんばく質のかたまりが残る。これがグルテンで、もち粉を混ぜて蒸すと生麩、小麦粉を混ぜて焼くと焼き麩ができる。
この時グルテンから分離した小麦でんぷんが、くず餅の材料になる。1年半から2年かけてゆっくり発酵させ、そのままだと匂いや酸味が強すぎるので、水にさらしてほどよく抜くのが第1のポイント。そこに熱湯を混ぜてのり状に練り、せいろに流して蒸す。蒸し加減で食感が決まるので、職人が神経を集中する第2のポイントになる。
こんな面倒な工程をよく考えついたものだと感心するが、柔らかくて弾力があり、べたつかず歯切れがよいのは、発酵のたまものだ。乳酸菌によるほのかな酸味も、おいしさのもとになる。なお、乾燥させた小麦でんぷんは生ふ糊(のり)と呼ばれ、文化財の修復に欠かせない接着剤として海外でも利用されているそうだ。
くず餅の発祥には諸説ある。現在、亀戸天神と池上本門寺、川崎大師の門前に専門店が集まり、それぞれ元祖を名のっている。
一番古いのは1752年に販売を始めた池上の「浅野屋」。川崎では1833年に始まった天保の飢饉(ききん)の頃、久兵衛という男が樽(たる)の底で発酵していたでんぷんを蒸したところ、風変わりな餅ができたと言い伝えられる。一番有名なのは亀戸の「船橋屋」。町人文化が爛熟(らんじゅく)した文化文政期に創業し、明治時代には60×36センチのものが1日2千枚以上も売れる名物になった。
以来、目立ったブームもなく静かに年月を刻んできたくず餅だが、最近の発酵ブームで和菓子唯一の発酵食品として再発見され、腸内環境や免役機能改善などの機能性が注目されている。どの店でも江戸時代と同じ自然発酵で作られ、風味と食感が微妙に違う。黒蜜ときなこにもそれぞれの個性があるので食べ比べてみては?
(Kyodo Weekly・政経週報 2024年9月30日号掲載)
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