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噴火リスク負う肥沃な大地 農業大国インドネシアの食料安全保障(2)  NNA

2024.06.21

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噴火リスク負う肥沃な大地 農業大国インドネシアの食料安全保障(2)  NNAの写真

 世界有数の活火山を持つインドネシア。活火山の周辺に住む人々は噴火リスクを負う一方、火山灰が積もって形成された、肥沃(ひよく)な土地を生かし食料生産に貢献してきた。農業生産量が国内屈指の北スマトラ州は近年、大規模な噴火が起きている州の一つで、食料生産や農家の生活への影響も懸念されている。被災後に強制移住となった農家の中には、リスク覚悟で「肥沃だが危険な土地」に戻る人もいるという。地域住民は食料の安定供給のために農家への支援や道路インフラの整備などを求めている。

 「この先は災害多発地域です」。2010年に400年以上ぶりに大噴火し、その後も噴火を繰り返す北スマトラ州カロ県にあるシナブン山(標高2460メートル)。山頂から半径3キロ以内と南東部5キロ超のエリアが、「KRB」と呼ばれる災害多発地域の「3」(3段階で3が最も高い)に指定されている。その境界を示す立て看板が道路に立てられている。(写真上:シナブン山=写真奥=周辺の災害多発地域内では、以前の噴火で被災した住宅の隣で生育状態の良い白菜が栽培されていた=5月、北スマトラ州、NNA撮影)

 KRBの内側で実施できる活動は、エネルギー・鉱物資源省の火山地質災害対策局(PVMBG)が定める警戒レベルによって異なる。シナブン山の現在の警戒レベルは「2」(4段階で4が最高)。レベル2の場合のKRB3は「一般の人は火口周辺での活動を控えるよう勧告する」とされている。

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 現地報道によると、シナブン山の噴火では、少なくとも10年に2人、14年に16人、16年に7人が亡くなった。同山周辺に住んでいた約3000世帯が移住対象になり、各世帯に住宅と0.5ヘクタールの農地が提供されることとなった。

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 だが、噴火で廃虚となったKRB3内の集落にはいまでも人影があり、キャベツ、トマト、ニンジン、白菜、トウモロコシ、コーヒーなど多様な作物が栽培されている。作物の生育は良好だ。この前日に訪れた、国策で開始し批判の的になっている北スマトラ州フンバン・ハスンドゥタンの大規模農産地「フードエステート」のやや小ぶりの農作物と比べて、生育に差があるのは一目で分かった。

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 シナブン山から約10キロ離れたカロ県ブラスタギに住む、農家兼観光ガイドのストリスノさんがこう解説する。「シナブン山はいつ噴火するか分からず、KRB内には立ち入らないほうがいい。それでもここで農業を続けている人は、噴火後に別の地域へ移住を余儀なくされた元住民だ。危険だと分かっていても移住先から通っているか、避難先から戻って住んでいる。なぜならここには肥沃な土地があるからだ」。

 国内有数の農業生産地である北スマトラ州の中でも、高原地帯のカロ県はキャベツやニンジン、トマトといった農作物の生産量が州内最大だ。これらの野菜は国内全体の生産量に占める割合がいずれも10%以上で、同県が重要な食料生産地であることを示している。

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 ストリスノさんは、カロ県周辺にはシナブン山以外にも火山があり、長い年月をかけて形成された火山灰土壌が地域に恵みをもたらしてきたと話す。

 インドネシアには約130の活火山があり、シナブン山の周辺地域と同様に火山災害と自然の恩恵のはざまで暮らす人は多いという。

■噴火リスクに適応し作物選択


 一方、シナブン山の周辺地域は近年、相次ぐ大規模な噴火による大量の火山灰などの影響で農作物に被害を受けることが増えた。噴火した年やその翌年は、カロ県の農産物は減産となる傾向は、同県の統計からも読み取れる。

 KRBの外にあるストリスノさんが所有する農地にも、噴火のたびに火山灰が降ってくるという。栽培しているキャベツやブロッコリー、ビーツ、ハーブなどに積もった灰を取り除くコストがかかるだけでなく、品質が低下して出荷できなくなることもあった。

 ただ、政府から農家への損害補てんや灰を除去する費用の助成といった支援はないと指摘する。そのため、この地域では10年の大規模噴火以降、生産コストが比較的安いという理由からニンジンの栽培が盛んになったという。大規模噴火が起きる前の09年と23年のニンジンの生産量を比較すると、5.3倍に増え主要作物の中で最も伸びている。こうした対応は、災害のリスクに対して農家が取ってきた適応策の一つだ。

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(シナブン山周辺の災害多発地域内では近年、ドラゴンフルーツを植える人が増えている=5月、北スマトラ州、NNA撮影)

 一方、ストリスノさんによると、最近はKRB3内でドラゴンフルーツを植える人が増えてきた。ドラゴンフルーツの栽培は、成長を促進させ生産効率を高めるため夜間に照明を付ける。電力コストはかかるが、付加価値の高い果物を生産し、収入増加を試みているという。ただ、活発な火山活動が続く限り、KRB3内での栽培は「ハイリスク・ハイリターン」だ。ストリスノさんは、このような被災農家がリスクを負わずに生活できるよう農家への公的支援が必要だと主張する。

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(シナブン山周辺の災害多発地域内の道路を地域住民は日常的に使用している。写真は通学のためにバンの屋根に乗り笑顔でポーズを取る子どもたち=5月、北スマトラ州、NNA撮影)

■アグリツーリズムに期待


 こうした中、ストリスノさん自身はイチゴの栽培に商機を見いだしている。避暑地として知られるブラスタギには、スマトラ州の州都メダン市から週末に多くの旅行者が訪れる。こうした人たち向けにイチゴの摘み取り体験を提供している。料金は1キロで10万ルピア(約970円)。ストリスノさんは、自宅の一室で「農家ホームステイ」も行っており、「アグリツーリズムのポテンシャルに期待している」と話す。

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(イチゴ摘み取り体験や農家ホームステイを提供している農家兼観光ガイドのストリスノさん=5月、北スマトラ州、NNA撮影)

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(カロ県のカフェ内に設置されたシナブン山を眺めることができる撮影スポット。地元住民や旅行者が訪れている=5月、北スマトラ州、NNA撮影)

 北スマトラ州の23年のイチゴ生産量は150トンとまだ多くはないが、その96%をカロ県が占める。

 ストリスノさんの概算ではイチゴ農園を経営する場合、1ヘクタール当たり月7000万ルピアの売り上げが見込め、人件費などのコストを差し引いても4000万ルピアの利益が生み出せるという。「肥料を使わなくても良く育つ土壌があるから成り立つ」と話す。

 一方、カロ県の食料生産地としての魅力を最大化するには、現状片道1車線しかなく激しい渋滞が起きるメダンへ向かう道路の拡張や、広範な地域へ輸送するためのコールドチェーン(低温物流)への投資が必要だと指摘した。(NNA)

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(カロ県ブラスタギからメダン市に向かう道路は片道1車線の道路しかなく、インフラ整備も課題となっている=5月、北スマトラ州、NNA撮影)

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