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失策重ねるフードエステート 農業大国インドネシアの食料安全保障(1)  NNA

2024.06.20

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失策重ねるフードエステート 農業大国インドネシアの食料安全保障(1)  NNAの写真

 インドネシアは世界的には農業大国と位置付けられている。しかし、2045年に先進国入りを目指す上での原動力となる「人口ボーナス」を支える食料の自給体制は盤石とはいえない。農作物によっては輸入に大きく依存している。政府は官民を挙げて農業生産高の増加に取り組むが、食料政策や自然災害、気候変動、生産効率などの側面で多くの課題を抱えている。本特集では食料安全保障を取り巻く現状を伝える。初回は「失策」との指摘が相次ぐ大規模農産地「フードエステート」を取り上げる。(写真上:北スマトラ州フンバン・ハスンドゥタンにあるフードエステートは耕作後に放置された農地があった=5月、北スマトラ州、NNA撮影)

 「誰かは明かせないが、ここのことは『話すな』と言われているんだ」。北スマトラ州フンバン・ハスンドゥタンにあるフードエステートで、キャベツを収穫していた農家の男性が決まり悪そうな表情でつぶやいた。辺りには整備済みのかんがい設備があるが、耕作後に放棄されたとみられる農地も目に付く。

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 フードエステートは、新型コロナウイルス感染症が流行した20年に、世界的な食料供給網の分断危機に備えて自国の農産物供給量を増やすため、ジョコ・ウィドド政権が国家戦略事業として始めた大規模農業生産プロジェクトだ。

 インドネシアは農業大国だが、コメやトウモロコシなどの主要作物の自給率が100%を下回っている。昨年はエルニーニョ現象の影響でコメの不作と価格高騰を招き、タイやベトナムなどから輸入量を増やさざるを得なかった。インドネシアの人口予測も50年まで右肩上がりで伸びる。国内の食料安全保障は重要課題の一つだ。

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 こうした課題解決の手段として導入されたフードエステート政策。21~23年には少なくとも1兆5950億ルピア(約155億円)の関連予算が投入された。

 フードエステートは、政府主導で農地や農道、かんがい設備を整備し、雇われた農家らが農産物を栽培して、食品企業などが継続的に買い取る「オフテーカー」となるモデルなどで運営されている。北スマトラ州のほか、中カリマンタン州、東ヌサトゥンガラ州、南スマトラ州、パプア州が開発地に指定されている。しかし、費用対効果や環境破壊などの側面から失策だと、非政府組織(NGO)や専門家から批判されている。

■土地の選定ミス


 フンバン・ハスンドゥタンのフードエステートは1000ヘクタールが割り当てられ、主にジャガイモやニンニクなどを栽培する計画で始まった。これらの作物の自給率は100%を下回っている。とりわけニンニクは輸入依存率が90%を超えており、大規模農業により生産量を増やす狙いがあったとみられる。だが、現地を訪れると実際に栽培されていた作物は、キャベツやトマトといった既に自給率が100%を超えている野菜ばかりだった。

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 「当初はジャガイモを栽培していたが、失敗したためほかの野菜に切り替えた」。ある農家の男性が匿名を条件に話に応じた。男性は、政府が森林を伐採して整備したという3ヘクタールの農地で3年前に栽培を始めた。現在育てているのは、トマト、トウガラシ、トウモロコシだという。

 政府からの支援はないが、以前別の場所で農業をしていたときと比べて3倍以上の農地を持つことができ「満足している」と語った。

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(フンバン・ハスンドゥタンのフードエステートは既に自給率が100%を超えているキャベツが多く栽培されていた=5月、北スマトラ州、NNA撮影)

 一方、フードエステートの視察に同行した現地の農業専門家は、「トウガラシもトマトも収穫期にしては株の高さが低い。農業向きの土地とはいえない」と断じた。フンバン・ハスンドゥタンは海抜が1400メートルほどあり、1年中涼しい気候のため、「政府はジャガイモの栽培に適していると考えたのだろうが、雨量も多く最適とはいえない。早急に土地を選定したのは誤りだったのではないか」と疑問を呈した。

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(フンバン・ハスンドゥタンのフードエステートに設置されていたかんがい設備=5月、北スマトラ州、NNA撮影)

 このフードエステートで、農家の技術を支援し農作物を買い取るオフテーカーの1社、地場アグリテック(先端農業技術)企業エデンファームの創業者兼最高経営責任者(CEO)のダフィット氏は、ジャガイモの栽培に専念しており、これまでに約300トンを収穫したと説明する。だが、「森林が農地に転換されたため土壌の状態がかなり悪く、生産量は通常の農地の40%程度だ」と明かした。また、現在の買い取り対象の農地面積は17ヘクタールで、今後増える見通しだという。

 小規模農家を支援する国際NPO「GRAIN」のカルティニ氏(アジアプログラム調整担当)は、フードエステートに参加している農家は、地元以外の場所で雇われて来た人もいて、地域の気候や土壌に関する知識がないことも問題だと指摘する。

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(フンバン・ハスンドゥタンのフードエステート内に整備された新たな道路=5月、北スマトラ州、NNA撮影)

■開発優先・環境軽視の法改正


 問題視されているフードエステートは、北スマトラ州だけではない。インドネシアの環境NGO「パンタウ・ガンブット」は、中カリマンタン州のプロジェクトを調査してきた。同州カプアス県などのフードエステートは、政府の管轄下にあり、国防省がキャッサバとトウモロコシ、農業省がコメの栽培を管理しているという。

 問題の一つは、フードエステートの開発地が、スハルト独裁政権下の1990年代に100万ヘクタールの泥炭地を農地へ転換してコメ栽培を行おうとして失敗した場所を再び開発していることだという。

 泥炭地は、枯れた樹木の枝や葉などが分解されず、有機物の塊として堆積した湿地状の土地だ。農地転換のために排水し、乾燥すると泥炭の分解が始まり、二酸化炭素(CO2)やメタンガスが発生するだけでなく、森林火災が起こりやすくなる。農業にも適していない。

 中カリマンタン州のフードエステートの2021年のコメ収穫量は1ヘクタール当たり3.5トンだったといい、同年の全国平均の同5.23トンを大きく下回る。

 環境保全を優先するため、ジョコ政権は19年に泥炭地の新規開発を永久に禁止したはずだった。しかし、20年に施行された、投資促進による雇用創出を目的として約80の法令を一括改正・廃止した「雇用創出法(オムニバス法)」により、森林の開発がしやすくなったという。

 例えば、空間整備法『07年第26号』の第17条で「地域空間計画は河川流域の少なくとも30%を森林地域に指定しなければならない」と、最低限の森林面積を定めた文言は削除された。

 また森林法『1999年第41号』の第19条で定めていた、重要な影響を及ぼす森林地域の指定変更をする場合には、「政府は国会の承認を得て実施しなければならない」との規定も削除された。

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(フンバン・ハスンドゥタンのフードエステートは森林を切り開いて農地を拡大している=5月、北スマトラ州、NNA撮影)

 一方、安定的な食料供給を目的に持続可能な食料農地として指定された土地は保護され、転用が禁止されることを規定した、持続可能な食料農地保護法『2009年第41号』の第44条も改正され、「国家戦略事業上の必要がある場合」は転換できると付け加えられた。農業に適した土地でも国家戦略事業であれば改変でき、食料安全保障に逆行しかねない内容になったという。

 カルティニ氏は、フードエステートを巡る政策はスハルト独裁政権時代に取られたトップダウン型で開発を優先する「新秩序」の遺産を思い起こさせると指摘。「私たちはトップダウン型の政策がうまく機能しないことを学んできたはずなのに」と話した。(NNA)

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