暗闇の森に神の使いを見た 連載「旅作家 小林希の島日和」
2024.05.27
26歳最後の夜に、私は奄美大島の漆黒の闇に包まれた森の中にいた。ゲロッゲロッと大合唱するカエルの声が天から地から聞こえ、風のせいか、時折ガサガサと不穏な音が響いてきた。無数の視線を感じるような気もする。
「正直、一番怖いのは幽霊よりハブだな」
たしかに。私は2人の男性の間にそっと入る。「あっ、おまえ、自分だけ助かろうと!」と言ったのは、当時勤めていた出版社の編集長。「まあまあ」と少し楽しげになだめてくれたのは、私が担当していた作家の斎藤潤さんだ。
奄美大島に来たのは、斎藤さんの取材に同行していたからで、決して3人で逃避行をしていたわけではない。斎藤さんは、数々の島に関する本を出版しており、日本の全有人離島を踏破している島旅のプロ。取材では、奄美群島や沖縄にいるユタと呼ばれる民間のシャーマン(霊媒師)に話を聞くことになっていた。
その取材後に、日本の天然記念物で絶滅危惧種に指定されているアマミノクロウサギを探しに行こうと、ナイトツアーに参加した。地元のガイドさんの車に乗り、山深くへと入っていった。ちょうど台風が通過した直後の時期で、道をふさぐように木々が倒れ、そのたびにナタで木を切りながら進んでいった。
1時間ほどたっただろうか、突然、ガタンッと車が傾いた。車輪が側溝にはさまってしまったらしい。ガイドさんは、「電波が入るところまで歩いて、助けを呼んできます」と、闇の中へ消えてしまった。
奄美大島には猛毒蛇のハブが生息しており、カエルを好んで捕食する。周りにハブがいる可能性は十分に考えられた。濃い自然の気配とハブへの恐怖に襲われる中、ふと取材したユタさんの話を思い出した。
「奄美の神は自然そのもの。神に生かされているのだから、人は自然に頭を下げなくてはいけません。奄美では〝神道(かみみち)〟を通ってはいけないし、蛇は神の使いなのです」
普段、人間主体の考え方、物の見方をしていると、災害があれば自然におびえ、美しい自然を見れば絶賛する。暗闇の中にいるのは神であり、大勢の神の使いがいるだけだ。全身が「怖い」と感じるのは、自然への畏怖に他ならない。そう思うと、手を合わせたくなってくる。
やがて、ガイドさんが別の車に乗って戻ってきた。長い、長い夜だった。ホテルに戻ると電光があまりにまぶしかった。気づけば日付が既に変わり、私は27歳になっていた。
(Kyodo Weekly・政経週報 2024年5月13日号掲載)
最新記事
-
コメ上昇5キロ2千円に迫る 週間ニュースダイジェスト(6月23日~6...
▼仲介サイト、ポイント禁止 ふるさと納税ルール見直し(6月25日) 総務省は...
-
食料自給率の目標、学生はこう見ている 青山浩子 新潟食料農業大学准教...
大学2年生向けの講義で、食料自給率を取り上げた。「食料・農業・農村基本法」の改...
-
アナログな愛おしい時間 連載「旅作家 小林希の島日和」
日本各地の島を旅するなか、また会いたいと思う人が増えていく。その人たちは、年齢...
-
明石名物の食べ歩きクーポン販売
明石観光協会(兵庫県明石市)は、明石名物の食べ歩きクーポン「もぐチケ」の202...
-
電気ガス料金軽減策復活 週間ニュースダイジェスト(6月16日~6月2...
▼全中会長、農業転換点に 価格転嫁「乳製品から」(6月18日) 全国農業協同組...
-
スタッフがやめない職場をつくろう 赤堀楠雄 材木ライター 連載「グ...
3年ほど前のことだが、若手の大工を10人以上も雇っている工務店の社長に人材確保...
-
季節のない〝助っ人鍋〟 畑中三応子 食文化研究家 連載「口福の源」
先日、とある老舗のビストロで、長年冬限定だったカスレ(フランスの代表的な鍋料理...
-
災害に強い「水点」を考える 菅沼栄一郎 ジャーナリスト 連載「よん...
5月の千曲川。初夏の日差しがまぶしい水辺にある長野県の上田市交流文化芸術センタ...
-
農業基本計画、年度内改定 週間ニュースダイジェスト(6月9日~6月1...
▼農業基本計画、年度内改定 価格転嫁法案、来年提出(6月12日) 岸田文雄首...
-
水産資源管理の推進、なぜ重要か 佐々木ひろこ フードジャーナリスト ...
日本の総漁獲量は長期にわたって減少し続けており、わが国海域の水産資源は今、間違...