日本酒蔵でインド初の現地法人設立 福岡・繁桝、飲食店で10月提供へ NNA
2024.03.15
江戸時代中期(1717年)に創業し、「繁桝(しげます)」で知られる日本酒蔵の高橋商店(福岡県八女市)が2月、インド法人を設立した。中川拓也社長がNNAの単独取材に応じ、明らかにした。日本酒メーカーがインド法人を設立するのは今回が初めてとみられる。自社蔵で造った日本酒を福岡からインドに輸入し、北部のデリーやグルガオンの飲食店で10月ごろから提供する。数年後には日本酒を現地生産することも視野に入れている。(写真上:江戸時代中期に創業し、「繁桝」で知られる日本酒蔵の高橋商店が2月、インド法人を設立した、同商店提供)
インド法人名はシゲマス・インディアで、2月5日に首都ニューデリーで設立した。設立時間を短縮するため、高橋商店ではなく、中川社長が個人で100%出資する。従業員はインド事業責任者を務めるインド人のアディティヤ・クマル・ヴィジャイ氏ら3人。3月15日には、在インド日本大使館や日本貿易振興機構(ジェトロ)・ニューデリー事務所、福岡の関係者ら約50人を招き、設立パーティーをグルガオンで開催。
今後のスケジュールとしては、シゲマス・インディアが中心となり、福岡からインドに日本酒を輸入したり、輸入した日本酒を飲食店に卸売販売したりするライセンスを8月ごろまでに取得する。並行して、福岡からインドへの特産物、伝統工芸品の輸入を始める。
日本酒関連ライセンスの取得めどが立ち次第、日本食を出すデリーやグルガオンの飲食店と商談。早ければ10月ごろから来店客に提供してもらう。まずは大吟醸酒や特別純米酒、本醸造酒に加え、純米梅酒、酒かす焼酎を投入。反応を見ながらラインアップを随時調整する。
(高橋商店が造る大吟醸酒「箱入娘」、同商店提供)
日本酒を輸入する際は、先行開始する特産物や伝統工芸品の輸入で得た物流ノウハウを生かす。特に輸入初期は、自社製の日本酒だけにこだわらず、他社製を含めて取引する。倉庫はニューデリーの物件を活用するつもりだ。福岡から船・トラックを経てニューデリーに届くまでの輸送期間は約1カ月間と想定。焼酎を除き、火入れ済みの酒を輸入する予定で、当初は常温での輸送や倉庫保管を検討している。
自社製酒の知名度向上について、いったん在インド日本人向けにアピールする。26年ごろからは高級ホテルのレストランなどでも提供してもらい、インド人のアッパーミドル(中流上位)や富裕層への浸透をうかがう。
飲食店だけでなく、小売店への卸売販売も手がける。飲食店での提供が始まる24年10月ごろから、取り扱い商品が店頭で並ぶことを目指す。
■日本市場が縮小、海外に活路
少子高齢化や消費者の好みの変化を背景に、日本の日本酒市場は縮小が長年続いている。追い打ちだったのは新型コロナウイルスの流行だ。高橋商店の年間売上高はもともと7億~8億円だったが、新型コロナ流行時に従来の3割減となり、今も1~2割減の状態だ。
「一昔前は、定時勤務後に残業するか、飲み会に行くかの二択だった。今は帰宅という選択肢が生まれ、時代が変わった」――。ゼネコン大手で勤めた経験を持つ中川社長は冗談交じりにそう話す。
新型コロナ流行は飲み会離れに拍車をかけ、飲み会があってもビール中心の一次会で終わるケースが多くなった。高橋商店の売上高1~2割減はこのまま定着する可能性があり、危機感を持っている。
そこで、高橋商店が力を入れようとするのが海外販路の開拓だ。直近売上高を地域別にみると、約90%が福岡を中心とする九州、約9%が東京など九州以外の日本国内。海外は1%に満たない。今回のインド法人設立は事実上の海外初挑戦に当たる。
「米国や中国、韓国、台湾、香港など、各国・地域で少量を販売した実績はある。ただ、日本の商社に商品を預ける方法が中心で、正直、どこの飲食店や小売店に届いたか分からない。そんなやり方はいけないと思った」(中川社長)。
インドは、和食人気も後押しし、飲食店が日本酒を提供したり、酒類小売店が日本酒を販売したりするケースが広がり始めている。流通経路としては、日本酒蔵が商品を輸出入業者に渡し、輸出入業者や卸売業者が飲食店または小売店に卸す、という方法が主流。高橋商店のように、日本酒蔵自体が輸出入業務や卸売業務に挑むのは珍しい。
中川社長は「中間業者を少なくしてコストを減らし、お客さま(消費者)の顔を近くで見ながら商売したい」と、インド法人設立の狙いを語る。
販路開拓の一環でマレーシアやフランスを視察したこともある。マレーシアは福岡の酒蔵、フランスは出羽桜酒造(山形)や宮坂醸造(長野)といった有名酒蔵が進出済みで、日本酒の市場規模がほぼゼロのインドの方が販拡の可能性があると感じた。インドは宗教上の理由から酒を飲まない人は多いものの、人口は日本の12倍に当たる。「お酒を飲む人」相手だけでも商売が十分成り立つと考えた。
インド法人設立は、23年9月、福岡出身の妻を持つヴィジャイ氏と、知人の紹介を通じて地元で会ったのがきっかけだ。11月には人生で初めてインドを訪れ、飲食店や小売店を視察。インド参入を5カ月で決断した。インドでは、新型コロナ流行で減った「1~2割」を穴埋めする売上高を期待する。
■インドに合った「地酒」模索
高橋商店は創業以来、自社製酒を味わう消費者の感想を都度取り入れながら、酒造りを進化させた。「いろんな料理に合う大手メーカーの無難な酒とは違い、私たちの酒は福岡の料理が一番合う。最終的に日本酒がインドで普及するには、インドの料理といかに合うかが大事」。
今、真剣に検討しているのは、インドのコメと水を使った「日本酒」の現地生産だ。24年冬に早速、インド人数人に福岡の酒蔵で酒造りを体験してもらい、25年冬にはインドで造り始めてもらう構想を描く。
(オンライン取材に応じる高橋商店の中川拓也社長=3月、NNA撮影)
現地生産の検討は、日本からインドへの輸入関税率(ビールは100%、日本酒を含むその他のアルコール飲料は150%)をはじめ、コスト減の意味合いがないわけではない。とはいえやはり思うのは、インドの人々にとって、地元料理に合わせ、地元のコメと水を使い、地元の人々が造った「地酒」が一番うまい、ということだ。それは高橋商店の300年以上の歴史が実証している。
中川社長は「日本で造っているから、日本酒という名前になっているだけ。私がインドに伝えたいのは米こうじを使った酒造りであり、日本の酒造り文化だ」と力を込めた。(NNA 鈴木健太)
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