分散備蓄を食料安保の柱に 震災の教訓生かそう アグリラボ編集長コラム
2024.01.07
(写真はイメージ)
能登半島地震に続いて羽田空港で飛行機の衝突事故が起き、気の毒で残念な年明けとなった。連日の惨事を伝える報道の中でも、特に心が痛むのは食料不足だ。カップ麺しか食べられない子どもが「お母さんが作ったカレーライスを食べたい」と訴える。救援物資を運ぶ職員は「食べものはあるのに届けられない」と焦燥する。空室に侵入してミカン数個を盗む事件も起きている。非常時における食料確保の重要性を痛感する。
東日本大震災でも食料など救援物資を届けられず、学校給食に菓子パンしか出せないなどの事態が起きた。これをきっかけに、備蓄の重要性が認識されてきたが、家庭や企業、自治体任せで国の関与は十分とは言えない。被災の全容は明らかではないが、当時の教訓が十分に生かされていない恐れがある。
すべての人々が何時でも、十分かつ安全で栄養価の高い食料を入手できる状態―これが食料安保の国際的な定義だ。政府は一昨年から、食料安保を強化するため食料・農業・農村基本法を改正する準備を進めている。その大詰めの段階で、食料安保が大規模に損なわれ、長期化している。
現行の基本法は、食料安保に関する定義が書かれていない。昨年12月27日に食料安定供給・農林水産業基盤強化本部(本部長・岸田文雄首相)がまとめた「基本法の改正の方向性」は、「基本理念において、食料安保を柱として位置付け、全体としての食料の確保(食料の安定供給)に加えて、国民1人1人がこれを入手できることを含むものへと再整理する」と明記した。まさしく、現在被災地で起きている惨事に国が責任を持って対応しよういう考え方だ。
その姿勢は評価したいが、問われるべき事は実際の具体的な施策だ。政府・自民党の議論は、農地の確保、生産基盤の整備、生産資材の安定的な確保など国内の農業生産の増大に偏重し、「国民1人1人」の食料安保については「円滑な食料の入手の環境整備」などを挙げるのにとどまっている。
備蓄について、政府・自民党は民間在庫や流通在庫などの把握を重視しており、国の関与としては国産の小麦・大豆と米について「適正な備蓄水準を検討する」とし、備蓄を減らすことさえ示唆している。
備蓄は、平時はコストだけが意識され無駄に感じる保険のような役割だ。政治家にとって、備蓄の推進を強調しても有権者の支持を得にくく、官僚にとっては予算の無駄使いと考える傾向がある。しかし、備蓄は被災や有事の初期段階で「円滑な食料の入手」の切り札だ。特に家庭や職場、町内会や集落における分散型の備蓄は、災害の備えとして極めて有効だ。
徒歩や自転車で行ける範囲、つまり小学校の学区(統合前)単位に、数日分の食料、飲料、燃料、医薬品の回転備蓄を徹底してほしい。被災直後の衝撃をやわらげ、平時においてもフードバンクや子ども食堂などに活用できる。能登半島の惨状は、「プッシュ型で届ける」(岸田首相)という発想に限界があることを示している。震災を教訓に、分散型の備蓄を食料安保の中核として位置付けるよう、政府内の議論に期待したい。(共同通信アグリラボ編集長 石井勇人)
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