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廃校舎拠点に町全体が〝醸造場〟  沼尾波子 東洋大学教授  連載「よんななエコノミー」

2023.11.27

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廃校舎拠点に町全体が〝醸造場〟  沼尾波子 東洋大学教授  連載「よんななエコノミー」の写真

 先日、「はじまりのお酒」という日本酒を入手した。岩手県紫波(しわ)町の「紫波酒造店」が現地の水、米、酵母を使い、100年前の製法である「酸基醴酛(さんきあまざけもと)」で製造したものである。町を元気にしたいという地元の若手3人が集まって始めた企画の、いわば第1号だ。

 紫波町は南部杜氏(とじ)発祥の地として知られる。町内には100年以上の歴史を持つ酒蔵が四つ現存する町だ。「はじまりのお酒」が生まれたきっかけの一つが、地元小学校の廃校だった。

 校舎の利活用を考えるに当たり、町全体を一つの醸造場と捉えて、新たな酒文化を醸していく拠点とするプロジェクトが発足、「はじまりの学校」と名付けられた。

 プロジェクトでは三つの事業が考えられている。第1に醸造事業。醸造施設を設けて、さまざまな醸造家にお酒を造ってもらう。第2にお酒を楽しんでもらう販売と飲食事業。そして第3に、酒造りと宿泊をセットにした体験事業である。

 紫波町には酒蔵のほか、ワイナリーもサイダリーもある。また、米、ブドウ、リンゴの産地でもある。そして上質な水資源にも恵まれている。校舎だった建物がひとつの醸造施設に生まれ変わり、多様な醸造家や農産物の生産者、飲食業者、専門家、そしてお酒好きの人々が関わることで、新しい何かが生まれる場を創造することが考えられている。お酒を核とした新しい商品や体験を創造する拠点ともいえるだろう。

 紫波町にとって、そもそも日本酒製造は「異文化」の流入によるものであった。南部杜氏が生まれる原点となったのは、江戸期の近江商人、村井権兵衛の来訪である。村井は紫波を訪れたことをきっかけに、その後、関西から清酒(すみざけ)の醸造技術を持ち込み、農民に伝えた。 

 地域の豊かな資源を利用して、住民や来訪者が新たな商品やサービスを創造し、豊かに楽しむ。そうした創り手と飲み手の循環を再生しよう。その「はじまり」を、南部杜氏の歴史と重ねつつ、廃校となった小学校の校舎で展開するのがこのプロジェクトでもある。

 小学校は、子どもたちが地域で6年間をともに過ごす場所であり、子ども時代の物語がそこにはある。そこを、新たにお酒の物語を紡ぎなおす場として再生する。「はじまりのお酒」に、若い世代のすがすがしい夢と覚悟を感じる。

 紫波町役場も昨年、「酒のまち紫波推進ビジョン」を宣言し、100年後に100の醸造関連事業者を生み出すことを目標に掲げた。町内の酒関連産業の事業規模は現在約4億円。これが約2・5倍の10億円規模に成長することで、100人ほどの雇用創出が期待できる。すでに「はじまりのハードサイダー」も完成。今後は、次の商品開発を進めながら、校舎の酒販店舗への改修や、醸造所の設立に向けた準備を進めるという。

 お酒を取り巻く多様な人々の連携や交流を通じた産業創出の「はじまり」に可能性を感じる。

(Kyodo Weekly・政経週報 2023年11月13日号掲載)

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