賃金上昇が招く農村の危機 問われる新しい働き方 アグリラボ編集長コラム
2023.08.13
人事院は8月7日、国家公務員一般職の給与の引き上げを勧告した。また、厚生労働省の中央最低賃金審議会は7月28日に、最低賃金を大幅に引き上げ全国平均で時給1002円とする目安額をまとめた。今春の民間企業の賃上げも30年ぶりの高水準だった。物価上昇を上回る形で賃金が上昇すれば、消費の拡大を通じて経済の好循環を期待できる。
しかし、主に米を生産している家族経営の農家にとって、賃金上昇は「好循環」どころか、経営の継続を脅かしかねない。基幹的農業従事者(主に自営農業に従事している人)は116万4千人(2023年)、約20年で半減した。高齢化も著しく、平均年齢は68.4歳(22年)だ。この傾向は加速する。農水省は、20年後にさらに74%減って約30万人になると予想している。
農水省は、農地を集積して1経営体当たりの経営規模を拡大し、情報技術(IT)や人工知能(AI)、ロボットを活用したスマート農業を導入する政策を推進している。少数の農家で営農を維持するのが狙いだが、これらの施策だけで農業生産を支え切れるとは到底思えない。
労働市場から切り離されてきた高齢者の引退に伴って、賃金労働者への依存が強まるのは避けられない。人手を確保できなれば農地を維持できない。外国からの労働者が日本に来てくれるかどうかも不確実だ。円安が進めば、日本の賃金は目減りし日本で働く魅力は低下する。
岸田文雄政権は6月、在留資格「特定技能」の対象職種を拡大し、在留期間に上限がなく家族を帯同できる「2号」の対象に、農業、製造業、外食業など9分野を追加した。併せて、技能実習制度を「発展的に解消」し、転職の制限を緩和する方針も示した。日本で働きやすくするのが狙いだ。
人手不足の中、長い目でみれば、労働者の国籍を問うことは意味がなくなる。産業間、あるいは地域間で労働者の「争奪戦」が始まる。「時給」だけに着目すれば大都市の職種が有利だ。農村に新たな労働者を呼び込むためには、賃金以外の面で、農業を魅力的な職場に変えていくしかない。
働き方を見直すためのヒントは、農業が持つ多面的機能にあるように思う。農業には、食料の生産以外に、美しい風景や伝統文化の維持、人とのつながりなど様々な機能がある。賃金競争から脱するためには、人それぞれの事情に応じて農作業に関わり、年間を通じて労働の形態を変えることができる柔軟な仕組みが必要だ。
農水省は、農村の労働力について、これまでの「多様な担い手」に代え、最近は「多様な農業人材」と表現するようになった。日本語として少し違和感を覚えるが、国籍の違いも含めた多種多様な人々の能力を農業分野で生かしてほしいという意思の表れだと解釈したい。職業欄や名刺に「農業人材」と書ける日は来るだろうか。(共同通信アグリラボ編集長 石井勇人)
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