長岡の「米百俵」が教えてくれること 藤波匠 日本総合研究所調査部上席主任研究員 連載「よんななエコノミー」
2023.08.14
多くの地方自治体で人口減少が進む中、地方活性化の必要性がうたわれていますが、成功事例といえるような取り組みはごくわずかです。地方創生戦略は、スタートから7年が経過し、改めてなすべきことを考え直す時期に差し掛かっているのではないでしょうか。
企業誘致が効果的かもしれませんし、地元中小企業の競争力強化が不可欠と考える人もいるでしょう。また、地方創生戦略の一環として、多くの自治体が移住者の誘致に力を入れ、その後継計画であるデジタル田園都市国家構想でも、地方に暮らしながら、大都市の企業でリモートワークする人を増やそうとしています。
産業政策には期待したいところですが、移住者獲得に過度な期待を寄せたり、リモートワークで居住人口を増やそうという取り組みは、国全体でみると、数少ない移住希望者を奪い合っているに過ぎません。東京近郊でも、高度成長期に急速に拡大したベッドタウンがにぎわいを失ってしまったように、生業とリンクしない人口増は、真の意味での地域の活性化をもたらすことはないでしょう。
先日、新潟県長岡市で示唆に富む話を聞いてきました。長岡市は、規模的には新潟市に次ぐ県下第2の都市ですが、人口は26万人程度に過ぎず、決して大きな街ではありません。しかし明治以降、長岡の地が幅広い分野に数多くの偉人を輩出してきたことは、つとに有名です。
幕末、長岡藩は戊辰戦争において奥羽越列藩同盟の一翼を担い、新政府軍と市街戦を繰り広げて城下が焼け野原となったにもかかわらず、次代を担う人材を育成するため教育制度をいち早く立て直しました。小泉純一郎元首相の引用で脚光を浴びた「米百俵の精神」は、まさに人材輩出の礎でした。
米百俵とは、この敗戦後、近隣の藩から送られた見舞いの米を困窮する藩士の食料とするのではなく、換金して教育資金に充てたことを指します。当時長岡藩の大参事にあった小林虎三郎は、米を求めて詰め寄る藩士に「百俵などは、皆に分ければ1日や2日の食い扶持にしかならない。国が興るのも、町が栄えるのも人にある。教育に回すことで、後の百万俵にも、さらに計り知れない尊いものにもなる」と諭したそうです(山本有三「米百俵」より筆者要約)。
米百俵の資金により設立された学校で学びを得た若者の多くが、やがて日本の各方面でさまざまな活躍をする人材となっていきました。明治期に長岡から羽ばたいた著名人としては、海軍の山本五十六元帥が有名ですが、それ以外にも学問領域や司法、外交、芸術などの各分野で多くの人材が巣立っています。
地方活性化に向けては、今が良ければよいということではなく、次の世代が現在よりも豊かで幸せに暮らしていくために何をなすべきかという問いかけが必要です。明治維新であれば教育にかける期待は大きく、いまの時代には地域産業の振興にほかなりません。官民が力を合わせ地域の中小企業の成長を促し、賃金の引き上げと雇用環境の改善を果たして、若い世代に豊かさをもたらしていくことが不可欠です。
(Kyodo Weekly・政経週報 2023年7月31日号掲載)
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