低所得層の世帯に目配りを 藤波匠 日本総合研究所調査部上席主任研究員 連載「よんななエコノミー」
2023.06.05
「異次元の少子化対策」という岸田文雄首相のワーディングに批判が集まり、具体的なメニューの議論に入る前に早々に看板の掛け変えを余儀なくされました。結局、「次元の異なる少子化対策」に落ち着きましたが、政権与党としては、出ばなをくじかれた感は否めません。(写真はイメージ)
ただ、呼び名よりも重要なことは、少子化対策の中身です。現在、児童手当の拡充やその財源のほか、保育環境の充実などに関する議論が進められており、本年中に実効ある政策メニューの提示が期待されます。
筆者は、少子化対策の制度設計において重要となるのは、前提となる「理念」だと考えています。具体的には、どのような人たちの出産や子育てを支援していくのかということです。
少子化対策の理念として、大抵の人は、子どもが欲しい人がためらいなく産むことができる環境を作るという考え方に同意してくれるでしょうし、政権与党もそうした趣旨をたびたび発信しています。しかし、わが国においては、期待する方向とは異なる結果を招きかねない国や自治体の施策が散見されます。
例えば、少子化対策の重要施策の一つとして、児童手当の拡充があります。全体的に引き上げるだけでなく、3子以上の子を持つ多子世帯を優遇する多子加算もメリハリをつける方向で議論が進んでいます。しかし、多子世帯を優遇する施策は、多子世帯が減少しているという誤ったイメージに引きずられた政策といわざるを得ません。
現実には、第3子、第4子などとして生まれてくる子の比率は、長期にわたってほとんど変わっていないどころか、足もとでは微増傾向にあります。逆に第1子が微減となり、無子世帯の比率の高まりが示されています。
では、どのような世帯が無子となっているのでしょうか。たとえば、低所得層です。過去10年で、子どもがいる世帯の所得分布が、中高所得層に偏ってきています。同期間、全世帯の所得分布にはほとんど変化がみられていないことから、低所得層で子どもを持ちづらい状況が生じていることは明らかです。
要は、経済的に余裕のある世帯は複数の子をもうけ、低所得層はひとりの子もなかなか持てないという二極化が進んでいるのです。そうした状況で、児童手当に過度な多子優遇を導入すれば、低所得で子どもを持てないとあきらめてしまっている人を対策の対象から外してしまうことになりかねません。子どもが欲しい人がためらいなく産むことができる社会とは、逆の方向に進んでしまうでしょう。
少子化対策の理念が大切とは、この点を指しています。経済的に余裕がある世帯にたくさんの子をもうけてもらうのか、子どもが欲しいけれど経済・雇用環境の障壁から持てない人を取り残さないように配慮すべきなのかということです。急速に進む少子化の現状から、細かい議論を悠長にしている暇はなく、産める世帯に産んでもらえばいいという意見も一理ありますが、筆者は経済環境などから出産を断念している世帯に対してこそ目配りすることが重要だと考えています。
読者の皆さんは、どのように考えますか。
(Kyodo Weekly・政経週報 2023年5月22日号掲載)
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