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塩分の多い土壌で甘み増す  高知の徳谷トマト  眉村孝 作家  連載「口福の源」

2023.06.05

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塩分の多い土壌で甘み増す  高知の徳谷トマト  眉村孝 作家  連載「口福の源」の写真

 初めて徳谷トマトを口にしたのは2000年代半ば、前任者からの引き継ぎで高知を訪れたときのことだ。引き継ぎを終え、職場から前任者が行きつけの居酒屋へ向かう。店のメニューにそのトマトがあった。(写真:2004年3月、筆者撮影)

 大きさは通常のトマトよりかなり小さい。外見は濃い赤色で、半分に切ると、中身は隙間なく詰まっている。

 「何もつけずに食べて」と促され、かじってみる。甘い。糖度8度以上のトマトを「フルーツトマト」と呼ぶ。徳谷トマトはほとんどが10度以上で、人気の高い生産者のものは13度に達する。だが甘さを売りにするフルーツトマトはほかにもある。徳谷トマトは皮の部分が厚く、しっかりとした食感が特徴だ。かみしめるごとに、うま味が口に広がっていくのだ。

 その味と感触を舌に刻み込んだ私は、300年以上の歴史がある高知市の「日曜市」でも、徳谷トマトを探すようになった。日曜市は日曜ごとに数百の露店が軒を連ねる。その中で徳谷トマトを専門に扱う店を見つけた。試食ができるため、いつも人だかりができている。

 しかし値段を知り、目を見張った。徳谷トマトは市内の徳谷地区にある十数軒の生産者しか作れない。当時でさえ、人気の高い生産者のものは1㌔4000円。現在は、ネット販売で6000~1万円もする。

 それでも「高知ならではの食材」としてお土産にしたり、日曜市で少量を買ったり、居酒屋で注文したりするようになった。生でそのままかじるか、粗塩を少しつけるか。それが、このトマトの風味を最も生かす食べ方と感じていた。

 徳谷トマトを好んだのは、誕生の経緯に惹かれたこともある。徳谷地区は市内の海に近い海抜ゼロメートル地帯にある。1970年夏の台風で堤防が決壊。一帯は海水に漬かり多くの塩分が残ってしまった。だがこの土で育てたトマトは抜群に甘くなった。塩分がストレスとなり成長は遅い。小さい実の中に時間をかけ多くの糖分を蓄積するようになったからだ。

 当時の私は会社の方針に異を唱えたことが響き、高知へ赴いたばかりだった。初めての土地で発見や出会いを楽しむ毎日だったが、もやもやした思いも抱えていた。徳谷トマトに自らを重ね、ストレスの下でも甘い実を膨らませなければと思ったのだ。

 徳谷トマトとの出合いから約20年が過ぎた。相変わらず生産量が限られ、首都圏で目にすることはまずない。最後に徳谷トマトを食べたのは、いつのことだろう。高知の日曜市は出店する露店の数が減り続けているが、初めて徳谷トマトを買い求めた店は今も健在なようだ。久しぶりに高知の日曜市を訪れ、徳谷トマトを少しだけ買い、南国の強い日差しのもとでかじりたくなった。

(Kyodo Weekly・政経週報 2023年5月22日号掲載)

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